★PARC自由学校特別特別オープン講座 柴山桂太氏講演会「もうだまされない!新自由主義的グローバリゼーションの幻想―世界で起こる「怒りの政治」の源泉とは―」要約紹介文

1.はじめに

 

 この文章は2018年8月7日に行なわれたPARC自由学校特別オープン講座における柴山桂太さん(京都大学大学院准教授)の講演会の内容を要約したレポートです。まず最初にこの講演会のチラシに掲載されている講演会の趣旨説明を引用します。

 

 「米国でのトランプ大統領の誕生や英国のEU離脱などを起点に、世界中で『保護主義が台頭している』と言われ続けています。こうした中、日本政府は『保護主義と闘うために自由貿易が必要だ』と、どの国よりも熱心に自由貿易を推進し、また国内でも労働分野をはじめ様々な規制緩和を推し進め、公共的な性格をもつ政策はますます後退しています。

 しかし、これは『時代を読み違えた制度』であると、経済思想が専門の柴山桂太さんは指摘します。

実際、この数十年間で実質所得を大幅に増やしたのは豊かな上位1%の層と、中国・インドなどの都市労働者で、先進国の大多数の労働者の賃金は上がらず中間層は没落していきました。グローバリゼーションが深刻な『分断』をもたらし、そればかりか国際政治・社会の至る所にもひずみと亀裂を作り出してしまったのです。

 こうした状況を受けて、世界では様々な形での反グローバリゼーションの動きが起こっています。南欧での新しい政治の動き、フランスやドイツなどの排外主義的な運動、ポピュリズムの台頭、そして地域主権を取り戻そうとする運動やローカリゼーションへの志向・・・ひとくくりに語ることは不可能ですが、いずれも行きすぎたグローバリゼーションへの抵抗・反抗として現れていることは事実です。

では、日本においてはどうなのでしょうか?『自由貿易か、保護主義か』という二項対立を越えて、私たちがめざすべき社会のあり方、主権や民主主義のあり方を考えます。」

 

2.柴山さんの講演

 

 (1)内田さんの前振り

 最初に内田聖子さん(PARC共同代表)から簡単な前置きがありました。内田さんによれば、この十年来PARCでは自由貿易の動きを注視して反対してきたようです。「トランプ大統領登場以後のこれまでのグローバル化の歯車が狂い、保護主義の動きが台頭してきています。マスメディアは保護主義批判・自由貿易推進一色ですが、自由貿易に批判的な私たちとしては承服できません。しかしトランプがやっていることが良いのかということも考えなければなりません。安倍政権下での規制緩和の危険な政策が議論なしに進んでいる現状では、みんながちゃんと生きていける、次世代にきちんとした社会を引き継ぐためにはどうすればよいかを考えたいと切におもっています。柴山さんはこれらの問題について活発に発信されているので、是非お話を聞きたいと思っております。」このように内田さんは述べられました。その後1時間柴山さんからの講演がありました。

 

 (2)柴山さんの講演

 

 グローバリゼーションの歴史

 1990年代からグローバリゼーションが盛んに言われるようになったことで、それが歴史的にどのように形成されてきたかを研究するようになりました。そこで気づいたのは、グローバリゼーションは過去に何度も起きており、その都度、大きな戦争によって終わっているということです。その原因を探ろうというのが研究の出発点でした。

 私は現在のグローバリゼーションも、必ずどこかで逆の動きをもたらすという見通しを持っていました。引き金になるのは、周期的におこる世界的な経済危機です。リーマンショックから一〇年が経ちましたが、近くふたたび米国の景気後退が起こり、同じような危機が形をかえて繰り返される。グローバリゼーションで各国の経済は統合に向かっていますが、政治が国家単位で分断されているという状況に変わりはありません。グローバリゼーションは、各国が自由化を進めることで実現しますが、経済危機の規模が大きくなると、国家単位で問題を解決しようとする動きが強まるはずです。

 グローバリゼーションの歴史を振り返ると、近世の大航海時代は、同時に重商主義戦争の時代でした。一九世紀後半から始まった次のグローバリゼーションは、貿易や投資、人の移動において現代とよく似た特徴を持つと言われますが、これも二度の世界戦争と大恐慌で終わりを迎えています。

 現代のグローバリゼーションはどのような結末を迎えるのでしょうか。まず言えるのは、前回の金融危機以後、世界貿易の流れは停滞しているということです。直接投資は、ピーク時の三分の一になっています。この一〇年は「スロートレード」に向かっていて、その上でトランプのような、政治が保護貿易の動きを後押しする流れも出てきたわけです。

 

 ポピュリズムとは何か

 ポピュリズムという言葉は、歴史的には19世紀末の米国で起きた草の根の対抗運動を指す言葉でした。日本では「大衆迎合主義」と訳してメディアが使っていますが、私はこの言葉の用い方には注意した方がよいと思っています。というのも、日本では小泉政治や、最近では小池百合子都知事の政治手法がポピュリズムと評されるのですが、これとトランプやサンダースを後押しする運動との間には、異なる部分があると思うからです。前者はメディアを利用して人気を獲得し、党や議会の反対を抑えて自分のやりたい改革を進める。

 一方、トランプはメディアを敵に回しています。それでも選挙に勝った。これは民衆がメディアを信用しなくなったということを意味しています。他にもいろいろ違いがあるのですが、まずはこの一事を考えても、一昔前の小泉現象と、現在のトランプ現象の違いは明らかでしょう。この二つを一緒と考えると、今おきていることの本質を取り逃がしてしまう、というのが私の考えです。

 もう一つ、日本ではポピュリズムというとすぐに右派的なもの、タカ派の考え方と結びつけられがちですが、これも注意した方がいいと思います。確かに、トランプや欧州の反EU派を見ると、右派のポピュリズムが目立って台頭しています。しかし、たとえばアメリカでいうとサンダースのような民主社会主義者も、ポピュリストと言われているわけです。ポピュリズムには右派的なものもあれば左派的なものもある。というより現在は、従来の右/左の対立軸とは違う政治の新たな対立軸が生まれていると考えた方がいい。グローバリゼーションや技術進歩、それにともなう産業や社会構造の変化から取り残されたと感じている人々、にもかかわらず自分たちの声が政治に反映されていないと不満を感じる人々を、左右の両極が取り込みはじめているわけです。

 

 自由貿易は本当によいことなのか?

 自由貿易はよいことで、それに反対するのは危険な反動だと思われがちですが、これにも注意が必要です。自由貿易という場合、それは誰にとっての「自由」なのか。いくら国境の壁が低くなっても、大多数の庶民は生まれた国を簡単に離れることはできない。企業や投資家が、資金を自由に動かせるのとは対照的です。だからどの国でも、法人税や所得税の最高税率は下がり、取りやすい消費税が上がる傾向にある。ヨーロッパの消費税(付加価値税)が高い一つの理由は、他に先駆けて域内の経済統合が進んだからです。

 また、自由貿易と民主主義は相性が悪いという問題もあります。よく日本の農業関税が自由貿易の妨げになると批判されますが、農業関税の背後には農家がいる。自民党も地方票があるから簡単に関税引き下げに応じるわけにはいかない。これは民主主義の原理からして当然のことです。日本に限らず、議会はたいてい保護主義的です。一方、行政はどの国でも自由貿易を志向する傾向にある。そこで議会を迂回して、トップダウンで規制改革を進め、貿易協定を締結していくというのが昨今の風潮です。しかし、このやり方は、自分の声が政治に反映されていないという民衆の無力感を強めることになりますし、それはやがて怒りに変わることにもなる。

 よく新自由主義と言われますが、本当に「自由」は増えているのでしょうか。公官庁でも企業でも、仕事で作成しなければならない文書の数は増える一方です。規制緩和といいますが、規制の数はむしろ増えています。大学も以前はのんびりした所でしたが、今は膨大な行政文書の山に囲まれて、おそろしく官僚主義的になっています。言葉の次元では、新自由主義だ、自由貿易だと言われますが、それが本当の意味で「自由」な社会を実現しているのかは、立ち止まって考え直すべきでしょう。

 

 反グローバル化の動き

 Brexit(英EU離脱)の国民投票や、トランプが選出された米大統領選挙の結果をみると、大都市ほど現状維持を選択する傾向にあり、地方ほど現状に批判的な傾向がみてとれます。日本では、まだ反グローバリズムの動きは本格化していませんが、大都市に人口が集中する一極集中が進んだ結果、地方の潜在的な不満はおおきくなっている。一方、大都市は大都市で、地方の衰退を自助努力の不足、と突き放した見方をする人が増えてきた。大都市と地方では所得の差というより意識の断絶が生まれつつあるわけです。

 さらに老若格差もあります。若年層の間では、福祉などの面で割りを食っているという不満が広がっていますが、年長世代はあまりそのことに気づいていない。一方、年長世代は年長世代で、自分たちの声が政治に反映されていないと不満を持つ傾向も強まっている。国内の断絶にはいろいろな次元があるため、単純化して考えるのは禁物ですが、最近の先進国の政治で顕著になってきたのは、所得格差という以上に、もっと社会の深いところで進行している意識の分断です。

 Brexitがなぜ起こったかということについて、イギリスのD・グッドハートというジャーナリストが、学歴格差が原因ではないかと分析しています。先進国では高学歴で進歩的な価値観を持つ層(Anywheres)と、中学・高校を出て地元に密着して生活している層(Somewheres)では世界観が全く違っているとの分析です。前者は高学歴で進歩的な層で、故郷を離れて都会の大学に行き、そのまま大都市で専門職に就いている。移民、欧州統合、人権の拡大に賛成で、労働は自己実現のためと考えている。

 これに対して国民の圧倒的多数が後者のSomewheresです。高校を出て地元で就職し、結婚して生活している。グローバル化に頭から反対というわけではないが、それによる秩序の喪失や地元の衰退に心を痛めていて、コミュニティ志向が強く、労働は生活のためと考えています。

今起きているのはAnywheresに対するSomewheresの反乱ではないかということです。この分析が正しいとすれば、社会の亀裂はなかなか深刻と言わざるを得ません。経済格差なら再分配政策で埋めることも可能でしょうが、意識や世界観の断絶となると、そうは簡単に埋まらない。この分析が日本にそのまま当てはまるかは微妙ですが、日本は大学進学率が高いうえに先進国でも別格に一極集中が進んでいるので、前者のAnywhersの割合が高く、そのため欧米型のポピュリズムが起きにくくなっているのかもしれません。しかし、日本で分断が起きていないかといえば、そんなことはないでしょう。

 

 今後の見通しについて

 いま米中間の貿易戦争が話題で、この先どうなるのかについてさまざまな論評が出ていますが、私はこの混乱が早期に終息するとは思いません。これはトランプの個人的な考え方に基づくものというより、もっと深いところで進行している社会の分断に原因があるからです。米中の覇権争いという問題もあります。グローバリゼーションが戦争などによって一気に終わるという可能性はまだ低いと思いますが、世界の通商秩序が再編期に入ったのは間違いないでしょう。

 懸念すべきは、次の景気後退です。アメリカの景気循環のサイクルからいって、近いうちに次の景気後退が来る。すでに景気は過熱気味で、とくに資産市場は明らかに上がりすぎですので、次の後退期も金融危機を伴うものとなるでしょう。トランプ関税の問題も、これから起こる大きな景気後退とセットに考えた方がいいでしょう。

 私は保護貿易が必ずしも間違っているとは考えていません。というより、完全な自由貿易も、完全な保護貿易も存在しないのであって、現実はつねにその両極の間にあります。自由貿易と民主主義、そして国家主権の3つの全てを同時に達成できないというのは、政治経済学者のダニ・ロドリックが唱える「世界経済の政治的トリレンマ」仮説ですが、今後は自由貿易のレベルを落として、民主主義と国家主権を回復させる動きが強まるのではないでしょうか。

 トランプを批判するのは簡単ですが、あのような異形のリーダーを生み出したのは過去三〇年で蓄積されたアメリカ社会の矛盾であり、先進国であればどこでも起きている社会の断絶であり、もっといえばグローバリゼーションの歪みでもある。あえて楽観的なことを述べれば、トランプが野蛮に行っている保護貿易への転換が、意図せざる結果として、従来の自由貿易とは異なる新しい秩序を作る気運を生み出す可能性がないわけではない。必要なのは、自由と保護の適切な組み合わせであり、各国の文化的多様性や政治経済体制の違い配慮した、新しい貿易秩序の形成です。いずれにしても世界は大きな曲がり角に差し掛かっているということが、今日の話でした。ご清聴ありがとうございました。

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