境毅 フーコーに学ぶ「革命後の政治」あるいは「次世代の政治」 

                               ルネサンス研究所東京研究報告 2021年7月13日 

 

1.研究会の案内

 ルネ研は7月もオンラインで定例研究会を開催します。今年度は5月に生政治(バイオポリティクス)、6月にワクチン接種にからむ政治力学や倫理問題について考えるというテーマで定例研究会を開催しました。やはり哲学者ミシェル・フーコーの仕事は重要だということが再確認できました。

 今回は、晩年のフーコーのコレージュ・ド・フランス講義録(1978-79年度)『生政治の誕生』(筑摩書房)を取り上げ、マルクスの資本理論との関係を考えることで、フーコーをどう再読したら良いのかについて議論します。

 筑摩書房 ミシェル・フーコー講義集成 8 生政治の誕生 ─生政治の誕生 コレージュ・ド・フランス講義1978─1979 / ミシェル・フーコー 著, 慎改 康之 著

 フーコーは『生政治の誕生』において、実は真正面から生政治を論じることをしませんでした。むしろ生政治について本格的に論じるための準備作業として、「国家理性に対立するものとしての」「自由主義体制」について、そして20世紀の様々な経済学(ドイツのオルド自由主義や米国の人的資本論)に多くの時間を割いて論じました。表題と内容のこうしたズレがフーコーの本書の理解を難しいものにしています。今回は京都で長く在野の理論活動を続けてきた境毅さんを招いて、マルクスの視点から晩年のフーコーの自由主義論の可能性について語っていただきます。

 境さんはかつて「榎原均」の筆名で『資本論の復権』(鹿砦社、1978年)を刊行した気鋭のマルクス研究者でもあります。本書は、国際的にみてもアントニオ・ネグリ『マルクスを超えるマルクス』(1979年)や米国のハリー・クリーヴァー『資本論を政治的に読む』(1979年)と並び、1960年代後半の政治闘争や社会運動の高揚をうけて始まり1970年代後半になって結実したマルクスを階級闘争の理論家として読み直す重要な仕事のひとつとして位置づけられます。そうしたマルクス研究者の視点から見ると、晩年のフーコーの仕事はどう評価できるのか、統治論や国家論に焦点を当ててお話をきくことになります。

 

テーマ:「マルクスから考えるフーコー『生政治の誕生』の可能性」

報 告:日 時:7月13日(火)18:30開始(3時間弱)

報告者:境毅(メール版ASSB主宰者・経済学研究)

会 場:オンライン研究会(参加予約を頂いた方に招待メールを送ります)

 

報告者より:

 私はフーコーについては論文を書いていません。しかし、気になる思想家でしたので、ノートはとっていました。5月の定例研究会で中村勝己さんが、フーコーについて報告されるということで、事前にレジュメをいただいた時に、自分のノートを再読してみました。私の関心は「生政治」にはなくて、統治論や国家論批判にあることがわかりました。中村さんの報告で「生政治」についての理解が進みました。そしてお話を聞いているうちに、統治論と国家論批判についての私の理解について報告したくなり、報告させていただくことになりました。

 フーコーの統治論は、現在の統治に限らず、社会主義(いい意味での)社会の統治論にも言及していることです。また、国家論については、「国家は本質をもっていない」という理由で国家論を論じること自体を無意味なこととして退けています。

 張一兵の『フーコーに帰れ』(情況出版)も翻訳されましたが、中国ではフーコーは人気があります。生存権が保障されながらも監視社会のなかにいる中国人にとってのフーコーの意味についても考察してみます。

2.報告を終えて

 この日の討論で、中村勝己さんから、全共闘にしても、シェアハウスにしてもさまざまな運動団体にしても、今の社会とは別の社会を作ろうとしているのだから、ある種の革命を実現しており、そしてその場での運営がなかなかうまくいかないという現実がある中で、その際に必要な政治の問題を提起していることは大事な問題提起だ、という意味の指摘をいただき、その後の討論で、都市生活から脱出して半農半Ⅹを実践している人からの報告もあり、シェアハウス経験者からの報告もあって、有意義な討論ができました。

3.研究報告本文 
フーコーに学ぶ「革命後の政治」あるいは「次世代の政治
 
序論
 

はじめに
 報告作成中に、当初報告予定であった文章が長すぎで、これだけになってしまうことに気づき、急遽それを資料として事前配信してもらいました。この資料は実は数年前に作成したもので、途中で作業をやめていたものです。再開するうちに、ついネットサーフィンしてしまって、報告間際でいろいろな情報を確保してしまい、全部は処理できないのですが、自分自身の問題意識が鮮明になりました。それは社会主義社会(次の社会という意味)の統治性で、これは連合赤軍の総括の時点から気になっていましたが、解明はできていなかったのです。その後2014年以降数年間、大阪市中津で共同体運動が起きたときに、10名に満たないメンバーでの実践が内ゲバの発生で終息してしまったことがあり、改めて「革命後の政治」についての解明の必要性を痛感していたのです。そのころ、この資料が作られました。
 この続きを簡単に作成して報告の予定でしたが、続きが短いものにはならない予感がし、切り離しました。資料を読んでいただいてどうだったでしょうか。多分「革命後の政治」の解明といった切り口での研究は皆無だと思います。
 私はきちんと証明はできないのですが、例えば新自由主義の系譜をドイツのオルト自由主義に求める『生政治の誕生』には違和感があります。それはフーコーがあまりにも歴史的文献の文字づらに囚われすぎているように感じて、その文献の成立事情とそこで書かれている記述の歴史的背景についての検討が抜けていることです。フーコーのことではないですが、アグリエッタ、オレルアン『貨幣主権論』(藤原書店)は、今村仁司同様に貨幣の起源を暴力に求める説ですが、故グレーバーが『負債論』(作品社)で、彼らが依拠しているのは古代バビロンの神学者の言説であって、それに無批判的に依拠していることをたしなめています。

フーコーは「革命後の政治」について解明しようとしていた
 『生政治の誕生』は、1978~9年の講義でした。これはどのような時代だったのでしょうか。フランスの1968年革命、プラハの春、以降10年で、講義の次の年1980年にはポーランドで連帯が結成されます。1985年にはソ連でゴルバチョフが大統領に就任します。
 このような、ソ連・東欧の政権崩壊の直前の時期に、フーコーは1984年まで毎年講義を行ったのです。しかも、フーコーにはポーランドは身近な国でした。1958年から59年にかけてワルシャワ大学のフランス文化センターにいたのです。当時32歳で『狂気の歴史』の執筆中でした(吉澤昇、「1980年代:史哲研究室と<過去の消化>」、研究室紀要第42号、2016年、57頁)。
 「ヴェーヌも『ワルシャワのフランス大使館のもとで働き、ポーランドがソヴィエトの支配下にあるのを、フーコーは目の当たりにして、<社会主義の悲惨とそれに必要な勇気>を知った』と近著に書いている。」(吉澤、57頁)
 それだけでなく、1982年9月、フーコーは軍政による戒厳令化のポーランドに「市民に救援物資を届ける」ために旅行をしているのです。
 「ポーランドへの支援旅行では、『3千キロの旅程の間、参加者が順番で小型トラックを運転した』という。注目すべきは、この自己修練を思わせる道行が、『実践的主体性』の探求をテーマとした、コレージュ・ド・フランスでの1980年代の講義内容『自己への配慮』と、不離の関係にあった事実である。」(吉澤、57頁)
 このような実践を背景にして、以降の講義や論文が書かれていることが理解の前提だと考えます。

フーコー訳本出版日時
事前配布資料作成時のものです。
1.講義集成
2002年10月    『異常者たち』5巻(1974年~75年)
2004年2月5日     『主体の解釈学』11巻(1981~82年)
2006年2月     『精神医学の権力』4巻(1973~74年)
2007年6月25日   『安全・領土・人口』7巻(1977~78年)
2007年8月25日   『社会は防衛しなければならない』6巻(1975~76年)
2008年8月25日   『生政治の誕生』8巻(1978~79年)
2010年4月25日    『自己と他者の統治』12巻(1982~83年)
2012年2月25日    『真理の勇気』13巻(1983~84年)

 

未刊本
1巻『知への意志』(1970~71年)
2巻『刑罰の理論と制度』(1971~72年)
3巻『懲罰社会』(1972~73年)
9巻『生者たちの統治』(1979~80年)
10巻『主体性と真理』(1980~81年)

 

2.思考集成
1巻(1954~63年)『狂気/精神分析/精神医学』
2巻(1964~67年)『文学/言語/エピステモロジー』
3巻(1968~70年)『歴史学/系譜学/考古学』
4巻(1971~73年)『規範/社会』
5巻(1974~75年)『権力/処罰』
6巻(1976~77年)『セクシュアリテ/真理』
7巻(1978年)『知/身体』
8巻(1979~81年)『政治/友愛』
9巻(1982~83年)『自己/統治性/快楽』
10巻(1984~88年)『倫理/道徳/啓蒙』
*思考集成には、ポーランドに関する態度表明の論文が10篇を超える。

第1章 張一兵との交流と「革命後の政治」

1.張一兵の紹介
 張一兵『フーコーへ帰れ』(情況出版、2019年)は、彼の帰れシリーズの4冊目です。『ハイデガーへ帰れ』、『マルクスへ帰れ』(情況出版、2014年)、『レーニンへ帰れ』(情況出版、2016年)ですが、3冊が翻訳されています。もともと南京大学には廣松渉を評価するグループがあり、主要な著作の中国語訳もしていて、そのグループの代表者です。大下が編集長時代に翻訳出版がなされ、都度日本で張さんを招いて出版記念会があり、私は関西での出版記念講演会とその後の交流会を持っています。『フーコーに帰れ』の時は大下は鬼籍に入っていましたが、関西での交流会は実現し、私は事前に次節掲載の質問を送っています。
 なお、張一兵について、情況編集部に送った引継ぎの文書がありますので、次に掲載しておきます。
<1.書評の件
 大下から2013年6月ころ、『マルクスへ帰れ』のゲラをPDFで送りつけられ、書評を依頼された。ちょうど拙著『資本論の核心』(2014年4月刊)の仕上げの最中で、タイムリーだったこともあって、書評を仕上げた。
 そのあと、いきさつは忘れたが、張一兵から、書評を大学の学会誌に翻訳して掲載したいからリライトしてくれないかという要請があり、2013年7月に添付した「張一兵『マルクスへ帰れ』に想う」を仕上げた。この書評は『情況』に掲載され、また、すでに翻訳され、南京大学の学会誌に掲載されている。
2.出版記念パーティ
 東京での『マルクスへ帰れ』の出版記念パーティには出席した(2013年秋だったか次の年の春だったか記憶が定かではない)。早めに行くと、大下が別室に招き入れてくれ、張さんと直接話ができた。パーティでは確か廣松夫人があいさつしたはず。
3.2016年京都での『レーニンへ帰れ』の出版記念講演会
 2016年9月15日に開催されている。案内チラシを添付しておく。
 講演会には30名くらい集まり、中国に精通している瀬戸宏さんも来てくれて大いに盛り上がった。なお、前夜に到着する便が遅れたが、宿泊先の京都近鉄ホテルで待ち合わせて、交流会に参加してくれ、費用は確か持ってくれたはず。
 なお、この時の訪日団には、お目付の共産党幹部たちが来ていたが、彼らは交流会にも講演会にも参加せず、京都観光を楽しんだようだ。
 この講演会の日の午前中、2時間ほど、張一兵と、表、新開、榎原で、意見交換の場をもった。榎原は事前に質問を文書で提出していた。
 この意見交換は張一兵にとっては面白かったようで、前夜の交流会で新開が、付箋だらけの『レーニンへ帰れ』を見せて、ちゃんと読んだと伝えていたので、それを写真に撮りたいと言ってくれたが、あいにく新開はこの日は本をもってきておらず、代わりに榎原の付箋を貼った本を撮影した。
 京都での講演会の費用は、ルネサンス研究所が会場費を負担しただけ。参加費をとったので、実質プラスになっているはず。>

2.『フーコーへ帰れ』批評会コメント

 <2019年5月29日
 私は『フーコーへ帰れ』第4篇を取り上げます。
1.著者は、「晩期フーコーがあらためてマルクスへ帰った」(『フーコーへ帰れ』訳書、708頁)と評価しています。『フーコーへ帰れ』第15章について、疑問を提起します。
 著者は、まず、主権や人民や国家や市民社会についての普遍的な観念から出発するやり方を退けて、与えられたままの実践から出発してこれらの概念がどのように構成されうるかを見ていくという、フーコーの方法を「マルクスの実践的唯物論の方法への公開の挨拶でもある」(同書、709頁)を評価しています。これについては同感です。
2.しかし、市場に対する理解に関する次の評価には同意できません。著者は次のように述べています。
 「彼は確実に、マルクスのように、資本主義的な経済活動の内部進行から社会統治の構造的転換を説明しているのである。」(同書、716頁)
 著者は第3章、3.流通と交換、ではフーコーの経済に対する認識の限界を指摘しています。しかも、著者自身の資本主義的生産過程の記述とそこにおける事物化についての概略を述べたうえで、フーコーの説が「資本主義の経済発展の真実の過程とは、はるかにかけ離れているのである。」(同書、245頁)と述べているのです。この著者が指摘しているフーコーの欠陥が、『生政治の誕生』では克服されているとは考えられません。やはりこの時点でもフーコーは、市場について考察する際に、資本主義的生産過程の分析はできておらず、流通過程しか見ていないのではないでしょうか。
3.私が『生政治の誕生』の素晴らしい指摘だと考えるのは、社会主義における統治論の不在の指摘です。以下に、拙文「フーコー『生政治の誕生』を読む(1)」(これは今回資料編として公開したノートです)から引用します。この問題について著者はどのように考えていますか。
「『問題は、国家からその秘密を引き出すことではなく、外部へと移動し、統治性の問題から出発して国家の問題に問いかけること、国家の問題の調査を行うことなのです。』(『生政治の誕生』、94頁)
 『まず法と秩序の問題、次に市民社会との対立における国家の問題、というよりもむしろそうした対立が作用し作用させられたやり方についての分析を、順に研究することです。そしてそれから最後に、うまくすれば生政治の問題と生の問題に到達することになるでしょう。法と秩序、国家と市民社会、生の政治。これら三つのテーマを、私は、自由主義の広く長い歴史、その二〇〇年の歴史のなかに標定してみたいと考えているのです。』(同書、95頁)
 国家に対する分析方法についてのフーコーの考えは正しいのではないでしょうか。しかし、市場についての自由主義者の真理陳述への批判がなされないこところでは、分析方法は正しくとも成果の出来具合については納得できないかもしれません。とはいえ、マルクス主義とソ連社会主義の限界についての次の指摘は重要です。
 『結局、マルクスに国家の理論があるか否かということは、繰り返し申し上げるなら、マルクス主義者たちが決めることです。しかし私としては、社会主義に欠けているのは、国家の理論よりもむしろ統治理性である、と言いたいと思います。統治の合理性、すなわち統治行為の様式と目標の拡がりを理性的で計算可能なやり方で測るための尺度が、社会主義においては定義されていないということです。』(同書、110頁)
 社会主義の理論に統治論がないということは、私自身武装闘争の中で実感したことでした。ソ連や中国でプロレタリア独裁を実現しても、その統治の基準は何も明らかではなかったのです。ですから今日の段階でも、社会主義の統治性を論じることには意義があります。
 『つまり私が言いたいのは、社会主義はいずれにしても一つの統治性に接続されているということです。社会主義は、こちらではある統治性に接続され、あちらでは別の統治性に接続されて、それが正常な分枝となるか異常な分枝となるかに応じてこちらとあちらで似ても似つかない成果をもたらしたり、同じ有毒な効果をもたらしたりするのです。・・・・社会主義には統治の内在的な合理性が欠けているからです。』(同書、112頁)
 フーコーのこの提起は、社会主義を過渡期のプロレタリアート独裁期と捉えれば、過渡期の経済システムの問題の解明という課題に突き当たります。それが単なる協同組合の連合ではなく、株式会社と協同組合の並存ということであれば、社会主義の統治性を規制する内容が変わってくるでしょう。
 『実のところ社会主義にとって必要なのは、自らの振る舞い方や自らの統治のやり方を決定することであると思われます。・・・・・(その際必要な問い)社会主義を機能させ、その内部においてのみ社会主義が機能できるような、必然的に外在的な統治性とはいったいいかなるものであるのか、と。・・・社会主義にふさわしい統治性はいかなるものになりうるだろうか。社会主義にふさわしい統治性はあるのだろうか。厳密に、内在的に、自律的に社会主義的でありうるのは、いかなる統治性であろうか。いずれにせよ、実際に社会主義的な統治性があるにしても、それは社会主義およびそのテクストの内部に隠されているのではないということだけは心得ておきましょう。そのような統治性を社会主義から演繹することはできません。それは発明されなければならないのです。』(同書、113頁)
 この主張はまだソ連が崩壊する前のものです。そしてソ連崩壊後、ますますこの問題の重要性が浮かび上がってきています。」>
交流会は1時間足らずの時間しか取れず、私が期待した社会主義社会の統治性についての質問には答えはなかったですが、討論自体は有意義でした。張さんは、議論の中でわれわれの中国評価に関して、「外部だから却ってよく見える」との評価もいただきました。

3.張一兵の謎

 今回の報告準備中に気づいたことですが、張一兵はこの書の序の末尾を次の言葉で締めくくっています。
 「もし、フーコーが今日この演台に立ち、君たちに話をしたとしたら、彼はきっとこんな話をするだろう。『私は聖書ではなくパラダイムの道具箱だ。さらに不思議なことに、この道具箱は、不断に自分に向かって投げつけられる手榴弾に化すのだ』と。」(『フーコーへ帰れ』、58頁)
 これは彼が2014年6月に南京大学で行った「忘れ得ぬフーコー フーコー逝去30周年記念」と題する講演で語った言葉です。私は妙にこれに引っかかりましたが、後記には次の文言がありました。フーコーが中国でももてはやされ、研究書も出ている中で自らのこの書の特徴を、フーコーのオリジナルな思想の解説という「文化」商人の立場ではなくて、自分自身を語ったのだとの述べた後、次のような言葉を記しているのです。
 「<この男が、他人の家の門に爆竹を仕掛け他人の家の窓に泥を塗りたくった『あいつ』なのか?>と。しかし事実は、その『あいつ』とは私にほかならないのである。」(同書、762頁)
 張一兵はもちろん共産党員ですが、フーコーの著作の内容は、まさに中国で生活している人々には身につまされる事柄が多々あるに違いありません。そしてこのように述べることで彼は、フーコーの学説の紹介ではなくて、共産党に投げつけた手榴弾だと言っているのです。そのような彼の立場からして私に興味があるのは、社会主義社会での統治術をどのようにとらえているのかというところにつきますが、今回それを詮索することはあきらめました。どなたか、この分厚い本に挑戦してみてください。ところで、手榴弾とか爆竹とか言っている大本は、実はフーコーの対談集『私は花火師です』(ちくま文庫)にあることがわかりました。

6.フーコーの『わたしは花火師です』≪目次: ≫

わたしは花火師です――方法について(一九七五年六月に録音されたロジェ=ポール・ドロワとの対話)

花火師とは/精神疾患の世界/書物と文体/書くことの「快楽」/身元への問い/マルクス主義の時代/外国での経験/『言葉と物』について/知と権力/歴史研究の目的/真理と権力

哲学を厄介払いする――文学について、これまでの軌跡について(一九七五年六月に録音されたロジェ=ポール・ドロワとの対話)

文学の位置/文学と大学/文学と革命/文学批判/哲学の外にでること

批判とは何か――批判と啓蒙(アウフクレールング)(一九七八年五月二七日のフランス哲学協会での発表。ソルボンヌのミシュレ講堂で、一六時三〇分にアンリ・グイエ氏の司会のもとで始められた) 批判とは/統治の技術/政治と批判/三つの準拠点――聖書批判、自然法、科学による検証/真理のゲーム/批判と啓蒙/批判の歴史的な現れ/ドイツとフランスの違い/現象学と科学史の問い/歴史=哲学的な実践/歴史=哲学的な実践と啓蒙の関係/分析手続き――正統性/分析手続き――出来事化/考古学の次元/戦略の次元/開かれた系譜学の次元/ミクロな権力

医療化の歴史(一九七四年一〇月にブラジルのリオデジャネイロ国立大学の社会医学コースで発表された二回目の講義) 新しいモデル/■医療化の歴史/■国家の医学/国家の医学(シュターツヴィッセンシャフト)の誕生――ドイツ/国家の医学の特徴/■都市の医学/都市の医学の登場――フランス/隔離システムの登場/二つの衛生方式/都市の医学の目的/都市の医学の重要性/■労働力の医学/貧者の機能――イギリス/救済法の医学的な目的/保健所システム/労働力の医学の発展
近代技術への病院の統合(一九七四年一〇月にブラジルのリオデジャネイロ国立大学の社会医学コースで発表された三回目の講義) 調査旅行の特徴/一八世紀以前の施療院(オピタル)に機能/病院(オピタル)の誕生/規律技術/病院の医学化/病院の新たな特徴 訳者あとがき

7.花火師=爆破技師の意味
フーコーの語りより
 「わたしはいわば花火師(アルティフィシエ)です。わたしが作りだしているものは、結局のところ占領と、戦争と、破壊に役立つものです。わたしは破壊することが好ましいとは考えていません。それでもわたしは通り抜けること、前に進めること、壁を倒せることは好ましいと思っています。」(P.008-P.009)
 ネットの批評より
 「講演のタイトルについて
 フーコーは自分のことを、哲学者でもなければ、歴史家でもないとして、『わたしは花火師です』と言います。
 花火師であること、それはまず地質学者であることです。土地の地層を、褶曲を、断層を調べます。掘削しやすいところはどこか、ていこうがあるところはどこか、そして砦がどのように構築されたかを観察します。身を隠したり攻撃を仕掛けたりするのに役立つ起伏を調べるのです。
 花火師と訳されているartificerは訳注で解説していますが*1、軍隊の爆破技師です。つまり文字通りの地質学者ではなく、歴史という地層の、学問(エピステーメー)という砦を爆破し、解体する、という意味が込められています。
 しかし、『私の夢は〔狂気の歴史という〕この書物が爆弾のように効果的で、花火のように楽しい書物となることでした』という一文を汲んで花火師と訳したのです*2・・・・
 ポーランドでの体験
 しかしどうしてこの監視機構に興味を持ったのか、この講演録を読むと推察できます。フーコーはポーランドに赴くのですが、そこで『共産党が国家装置と一体化して、これを管理している状況を、目撃した』と語っています。そして『親しくない人の住宅には、いたるところに隠しマイクがとりつけられている』とも。隠しマイクを取り付けるのは誰なのか、文意が掴みづらいのですが、『政治的な話をするときは街路で待っている』と語っています。監視社会だったということは事実です。」
 もう一つの書き込みより
 「花火師とあるけれど、注にあるように(閉ざされた空間に風穴をあける)爆破技師というイメージの方がしっくりくる。彼の著作の狙いは知と権力の関係性、それが時代によって違う原因はなにかという系譜をたどるものであり、既成の学問への疑問を投げ掛けていくものかもね。構造に風穴を空けることが狙いなのだから、構造主義者と呼ばれるのは甚だ不愉快だろう。常にシステムの外部、周縁の立場に立っているような印象を受けた。
 自身のことを筆者は、『花火師(アルティフィシエ)』といい、『自分の書物が地雷であり、爆発物の包みであると考えています』(p.021)と吐露している。スパークする思想なのだろう。また、『権力は毛細管のようなごく細い管で構成されたきわめて密なネットワークで運ばれるもの』(p.045)という認識があり、評者もそのきめ細やかな存在に、改めて恐ろしさを感じる。」
 これを見れば張一兵の手榴弾の意味も理解できます。どんな手榴弾を仕掛けたのか、興味がありますが、今回はパスします。

第2章 統治論と国家論批判を中心に『生政治の誕生』を読む(資料編)要約

 この章は事前配布資料に記載した要約をまとめました。今回の報告に必要なところは振り返ります。

1.私のフーコー体験

 

2.統治実践論の展開

要約
◯ 「具体的な実践から出発し、普遍概念をいわばそうした実践の格子に通してみたい」
◯ 「国家、社会、主権者、臣民のような何かが存在するということをアプリオリに認めない」
◯ 「国家と呼ばれる何かに関する統治のやり方の規則付けを可能にするようなある種のタイプの合理性」
◯ 「国家理性とはまさしく、・・・そうした一つの実践の合理化です」
◯ 「国家は、冷たい怪物ではなく、統治のある種のやり方の相関物です。」
● 新しい観念の生成というこの観点から統治の様々な歴史的変遷を跡付けることがこの講義の課題であり、近代国家のそれまでの国家との違いの解明も可能となります。

3.国家理性にもとづく統治術の特徴

要約
◯ 「統治術の制限が、もはや十七世紀における法権利のような統治術にとって外在的な原理によってなされるのではなく、それに内在的な原理によってなされることになる、という変化です。」
◯ 「統治理性の自己制限を可能にするその知的道具、・・・それはもちろん、政治経済学です。」
◯ 「政治経済学は、統治実践を、その起源の側においてではなく、その諸効果の側において考察します。」
◯ 「そうした統治行動そのものに固有の一つの自然本性があるということ。そして政治経済学が研究することになるのは、こうした自然本性です。」
◯ 「もし、統治性、その諸対象、その諸操作に固有の一つの自然本性があるとするなら、その結果、統治実践は、自らがなさねばならぬことをそうした自然本性を尊重することによってのみなしうるであろうということになります。」
◯ 「統治活動の一面がまるごと新たな真理の体制へと移行することであり、この真理の体制は、以前に統治術が提起しえたあらゆる問題の位置をずらすという根本的効果をもたらすことになります。」
● ここでフーコーが使っている「真理」という用語は、一般的な意味での真理ではなくて、その時代時代で真理とされている言説のことです。そして統治対象の自然本性を解明することを使命とする政治経済学という見方も、ある時代にはそれが真理の解明の手段とみなされていた、という意味で、「真理の体制」と言われているのでしょう。

 

4.政治と経済、非対称的両極性
要約
◯ 「一連の実践と真理の体制との連結が、実際に現実のなかで存在していないものをしるしづけてそれを真と偽の分割に従わせるようなものとしての知と権力の装置をどのようにして形成するのかを示すことです。」
◯ 「政治と経済とから成る非対称的両極性の誕生・・・政治と経済、これらは、存在する事柄でもなければ、錯誤でもなく、錯覚でもなく、イデオロギーでもありません。それは存在しない何かであるけれども、しかし、真と偽とを分割する真理の体制に属するものとして現実のなかに組み入れられている何かなのです。」

● 社会関係についてのフーコーの把握がここに端的に表明されています。政治も経済も、個物としては存在せず、それは権力関係の両極として現存している、と言おうとしているのです。

 

5.市場の変容
要約
◯ 自由主義の定義:「1.ただ単に外的な法権利によるのではないような統治の制限がなければならないという原理の承認。・・・2.自由主義とはまた、一つの実践でもある。・・・3.自由主義、それは、より狭い意味では、・・・解決法である。4.最後に、自由主義とは、統治実践の制限を規定するための取引方法の組織化である。・・・」
◯ 自由主義が批判した中世の市場:「一言で言うなら、本質的に正義の場所で・・・いわば市場は、法陳述の場所だったのです。」
◯ 近代に入って登場した政治経済学は、市場を法陳述の場所から「市場が一つの真理のようなものを明らかにすべきもととなる」(同書、40頁)場所へと変容させると見るのです。
◯ 「市場は、政治実践を真であるとしたり偽であるとしたりする場所を構成するということです。」
● 先に語られた真理の体制とは、一般的な真理の法則といったものではなくて、それが言語において真理だと表明することが可能になるような諸規則の総体だというのです。だから真理ではなくて真理陳述だということになります。
◯ 「現在において政治的に重要なこと、それは、ある時点に創設された真理陳述の体制がいったいどのようなものなのかを明らかにすることです。」
● ルソーは革命の道「人権から出発し、主権の構成を経由して、統治性の境界画定に至ろうとする」他方功利主義「功利主義、それは、統治のための一つのテクノロジーです。」
マルクス主義の位置は?

 

6.弁証法の理論と戦略の理論
要約
◯ 「弁証法的論理、それは、互いに矛盾する諸項を等質的なものの領界において作用させるような論理です。」
● 確かに「対立物の統一」というかぎりはそうだが「反照の弁証法」はそうではない。
◯ 「戦略の論理は、不調和な諸項、不調和にとどまるような諸項の間に、いかなる結合が可能であるかを明確に示すことをその役割とします。戦略の論理、それは、異質なものの結合の論理であり、矛盾するものの等質化の論理ではないのです。」
● この考え方は、両極の関係を考察することであり、ヘーゲルが本質論で展開している反照の弁証法で、マルクスはこれを利用して転倒し、価値形態を分析した。価値形態とは価値と使用価値という異質なものが形成する関係の分析である。
◯ 「いったいどのような結合において、人権の根本的公理系と被統治者の独立に関する功利的計算とが共に維持され、互いに結び付けられることができたのかを見ていくことにしましょう。」
● フーコーは対立物の統一という(大論理学で言えば有論の領域)ことだけを弁証法と見なしてこれを退け、両極の関係を分析する反照の弁証法にそれと知らずに挑戦した。

7.自由主義と市場
要約
◯ 両極をつなぐ原理:「利害関心こそが交換の原理であり、利害関心こそが有用性の基準であるからです。・・・・統治、いずれにしてもそうした新たな統治理性における統治は、複数の利害関心を取り扱うものです。」
● フーコーは交換の原理を利害関心と見ることで、交換が生産の一結節点であることの理解を見失っているようです。交換過程における商品が使用価値であると同時に価値の担い手であり、交換過程は資本にとっては価値増殖の実現の場であるという本質的な事態が見失われています。だから資本の生産過程はフーコーのまなざしの外に、ブラックボックスに入れられています。
◯ 「統治は、利害関心にのみ関心を払うということ。」
● 最初に引用しておいた「権力諸関係を経済的な下部構造の中でまで捉え直すこと」という問題意識はフーコーの意図に関わらず、下部構造に交換しか見ず、資本の生産過程を見ないことで、実現されてはいません。中世の領主に比較すべきは資本家であるはずですが、そのような観点は見出せないのです。中世の領主は領土を所有(正しくは上位占有)することで支配したと言っていますが、現在の領主である資本家は、生産手段の所有によって労働者を支配しているのです。このことが視野の外にあるフーコーは、利害関心を統治の条件であり対象とみなしてしまいます。
◯ 「統治は今や、利害関心の現象的共和国と呼びうるようなものに対して行使されることになります。・・・・・自由主義の根本的な問い、それは、交換こそが事物の真の価値を決定するような一つの社会において、統治および統治のあらゆる行動の有用性の価値とはいったいどのようなものなのか、という問いです。」
● もちろんフーコーは「その問いの定式化(自由主義者の真理陳述)から実際に逃れることができるのかどうかを知ることです。」という問題意識をもってはいます。しかし、あまりにも自由主義者の真理陳述を真に受けてしまっていることで、批判の観点が消失しているように思われるのです。

 

8.伝統的国家論への不信、社会主義における統治論の不在の指摘
要約
◯ 「私は国家の理論なしで済ませます。」
◯ 「国家、それは、不断の国家化ないし不断の数々の国家化によってもたらされる効果であり、その外形であり、その動的な切り抜きに他なりません。」
◯ 「問題は、国家からその秘密を引き出すことではなく、外部へと移動し、統治性の問題から出発して国家の問題に問いかけること、国家の問題の調査を行うことなのです。」
● 国家に対する分析方法についてのフーコーの考えは正しいのではないでしょうか。しかし、市場についての自由主義者の真理陳述への批判がなされないこところでは、分析方法は正しくとも成果の出来具合については納得できないかもしれません。とはいえ、マルクス主義とソ連社会主義の限界についての次の指摘は重要です。
◯ 「社会主義に欠けているのは、国家の理論よりもむしろ統治理性である、と言いたいと思います。統治の合理性、すなわち統治行為の様式と目標の拡がりを理性的で計算可能なやり方で測るための尺度が、社会主義においては定義されていないということです。」
● 社会主義の理論に統治論がないということは、私自身武装闘争の中で実感したことでした。ソ連や中国でプロレタリア独裁を実現しても、その統治の基準は何も明らかではなかったのです。ですから今日の段階でも、社会主義の統治性を論じることには意義があります。
◯ 「実のところ社会主義にとって必要なのは、自らの振る舞い方や自らの統治のやり方を決定することであると思われます。・・・・・(その際必要な問い)社会主義を機能させ、その内部においてのみ社会主義が機能できるような、必然的に外在的な統治性とはいったいいかなるものであるのか、と。・・・社会主義にふさわしい統治性はいかなるものになりうるだろうか。社会主義にふさわしい統治性はあるのだろうか。厳密に、内在的に、自律的に社会主義的でありうるのは、いかなる統治性であろうか。・・・それは発明されなければならないのです。」
● この主張はまだソ連が崩壊する前のものです。そしてソ連崩壊後、ますますこの問題の重要性が浮かび上がってきています。

9.統治性論の射程
要約
◯ 「今、私が本当にやりたいのは、何か『統治性』の歴史とでも呼ぶようなものでしょう。」
◯ 統治性の三つのポイント
◯ 「これから、この統治性がそのように誕生したのかを示してみたいと思います。それが、〔第一に〕キリスト教的司牧制という古風なモデルを出発点としてどのように誕生したかを示し、第二に外交的・軍事的なモデル(というか技術)に依拠してどのように誕生したかを示し、最後に第三に、この統治性がこのような次元を獲得できたのはただ、非常に特殊な一連の道具があってのことだということを示したいと思います。」
◯ 「ギリシャ-ローマの思考とは完璧に異質な(ともあれ非常に異質な)司牧的権力というこの考え方が西洋世界に導入されたのはキリスト教会を中継ぎにしてだったということです。司牧的権力に関するこれらのテーマすべてを明確なメカニズムへ、定まった制度へと凝縮させたのはキリスト教会であり特有的かつ自律的な司牧的権力を現実に組織したのはキリスト教会であり、ローマ帝国の内部にその装置を植えつけ、あるタイプの権力をローマ帝国の核心において組織したのはキリスト教会なのです。」
● キリスト教に無縁な私には理解しがたいところがありますが、フーコーのこのような統治性研究の視点から、日本の権力分析を歴史的に試みる必要性を感じます。日本では「自分のためにわが身を犠牲にしてくれる牧者に救済を求める」という考え方はなく、逆に天皇に「わが身を犠牲にする」ことが問われたからです。非国民というレッテル張りが再び横行しそうな今日の政治状況のなかで、日本的統治性の歴史的根源の解明は緊急の課題ではないでしょうか。
◯ 「市民社会とは、統治思想(18世紀に誕生した新たな形の統治性)が国家の必要な相関物として出現させたものなのです。国家は何に従事すべきか?国家は何にたずさわるべきか?国家は何を認識すべきか?国家は何を統制すべきとは言わずとも、少なくとも調整すべきか?国家は何の自然的調整を尊重すべきか?その対象はいわば原始的な自然の調整でも、主権意志に際限なく服従しその要求に屈する一連の臣民でもない。国家が引き受けるのは社会、市民社会であって、この市民社会の管理こそ国家が確保すべきとされるものです。臣民の集合にのみ関わり続ける国家理性や内政的合理性に比べると、ここにはもちろん根本的な変異があります。これが強調したかった第一点です。」
◯ 「第二点は、この新たな統治性において、またこの社会的自然性という新たな地平と相関して、一つの認識のテーマが登場するということです。その認識は、統治に特有の認識だと言ってしまうと正確ではありません。じじつ、経済学者たちが問題にしていたあの自然的現象とともに問題となっているものは何か?それは、いかなる科学的認識とも同じタイプの認識手法によって認識されうるプロセスです。科学的合理性の要求は重商主義者たちによってはまったく立てられなかったものですが、それが18世紀の経済学者たちによって立てられたのです。」
● 以上で述べられた二つの論点は、一つは市民社会とは統治思想が国家の必要な相関物として出現させたものという認識であり、もう一つは、社会的自然性の探求における科学的合理性の追求です。市民社会を国家との相関物と見るこの発想は面白い。土台と上部構造といった伝統的なマルクス主義の発想を越える視点がここにあります。ただ、社会的自然性の認識に関しては、18世紀のブルジョア経済学者の認識を一つの真理陳述と見るせいか、無批判的追随が気になります。
◯ 「そこから最後に生じてくるのが自由の書き込みです。それは単に、主権者ないし統治の権力・簒奪・濫用に対して個人がもつ正当な権利としての自由のことではなく、統治性自体に不可欠な一要素となった自由のことです。」

 

第3章 フーコーと「革命後の政治」あるいは「次世代の政治」

1.実践の意味の再確認
 現在、ルネ研関西では、改めて「新左翼運動の総括」がテーマの一つとなっていますが、私は総括の視点として、フォイエルバッハテーゼでのマルクスの提起、人間の実践そのものを対象とする、ということを据えることを提案したい。これについては、つとに表三郎が2006年に『情況』誌に発表した「サルトルをめぐって――サルトルとボク」上で解明していて、以下に引用しておきます。
 「これでマルクスの真意は明確になりました。彼はこう言っているのです。これまでの(フォイエルバッハをも含めた)あらゆる唯物論の欠陥は、対象(現実性、感性)を客観の形式で、言い換えれば触感の形式だけで把握してきたところにあるが、それだけではだめだ。対象(現実性、感性)を感性的人間的活動、つまり実践としても把握しなければならない、と。」(『情況』2006年1・2月号、66頁)
 表によれば、従来「対象を主体的に把握する」と訳されてきたのは「対象を主体として把握する」というマルクスの真意を理解しない誤訳だったというのです。前者からは黒田寛一のように対象の主体的把握ということで、把握する側の主体性なしに対象を把握するのは客観主義だということになります。ここからインテリゲンチャ批判が生まれ、主体性を確立した自己への自己絶対化が生まれるのですが、革共同諸派に問われているのはこの立場の批判的切開です。
 対象を主体として把握するという際の対象とは「実践」ですから、労働や政治運動も含まれます。労働についてはそれの対象化された形態である商品を主体と捉える『資本論』の立場の先駆的表現であるし、また政治運動を対象としてとらえること、自らの革命的実践を対象と捉えて分析することが問われているわけです。新左翼運動の総括も自らの政治的実践を対象としてとらえ分析するという視点がなければ、あれこれの理論的誤りという認識主義に陥り、実践はそのまま保存されて理論の乗り移りがなされるにすぎません。
 私はルネ研が設立された2010年12月以降、この観点から新左翼運動の総括を提起し続けてきたのですが、2011年3.11以降大衆運動が復活する中で、ルネ研に集まった活動家たちが総括をほったらかして運動に参加していったことが否定的にとらえられるべきだと考えています。結局総括の仕方が実践上の破綻としてとらえられずに認識上の破綻としてしか捉えられていないのです。(メール版ASSB第29巻1号、2021年5月、はじめに)

 

2.「革命後の政治」についての拙論

 

 私は、自らの党派機関誌最終号である1994年発刊『共産主義』21号の第一部提案、C文化を基準とした政治に、革命後の政治のアウトラインを描いています。
 次で読めます。
 http://www.office-ebara.org/modules/xfsection03/article.php?articleid=46
 いまから考えればこれは多分に性善説すぎている、という気がしています。2014年の中津共同体の総括の際に、20年ぶりに革命後の政治について考えさせられ、いろいろ書いていますが、それらは次で読めます。
 http://0a2b3c.sakura.ne.jp/assb24-2.pdf
 2020年に入ってラトウールを研究し、革命後の政治についても示唆を得て、2020年3月22日付で次のようなメモを書いています。
<1.新しくもうひとつの場(共同体であれ、社会的企業であれ、協同組合であれ)を作るときの心得。何かしら無矛盾、葛藤なき世界を期待せずに、問題だらけ・紛争だらけを想定すること。
2.問題はそれらを処理する方法。これを革命後の政治と定義する。
3.まず、権力や支配を拒否することが大前提。しかし、これは可能か。そのような場ができる保障は何か。性善説
4.あるいは、権力や支配は拒否できなくて、お互いがそれを競い合うという問題設定は可能か。性悪説>
 しかし、現在の時点で「革命後の政治」という用語は理解されようもないので「次世代の政治」という表現に変更しようと考えています。いまの社会のなかで実現すべき「次世代の政治」というテーマ設定です。
 この観点からこれまでの試みを総まとめしてみたいと考えています。例えば、ブーバーの我―汝、我―それです。我―それは現在の政治で、我―汝が次世代の政治であるとか。このような作業は、ラトウールについてやりました。ラトウールは、従来のマルクス主義が掲げていた「支配者なしに生きる」に対して「支配性なしに生きる」を対置し、これを新しい政治と捉えて論陣を張っています。フーコーについてはこれから試みましょう。

 

3.後期フーコーという難問
 廣瀬浩司は『後期フーコー』(青土社、2011年)で、1981年度から亡くなるまでの三つの講義についてのフーコー自身の陳述を紹介しています。
 「フーコーは、『この20年間の』自分の仕事の目的は、『権力の現象』の分析ではなく、『西欧の文化において人間存在が主体化されるさまざまな様態の歴史』の分析であったという。『監獄の誕生』(1975年)までの著作で記述したのは、狂人、病人、犯罪者などを正常な人間から区別するような『分割する実践』の歴史であったが、80年代の課題は『人間が主体へと変容する様態』を研究することである。『だから私の研究の一般的主題を構成しているのは権力ではなく、主体なのです』(『思考集成』第9巻、10~11頁)とフーコーは言う。」(『後期フーコー』、10頁)
廣瀬が紹介したこの部分は次のような記述でした。
 「私の目的は、そうではなくて、私たちの文化において人間が主体(サブジエクト)化され<=服従(サブジエクト)を強いられ>ているさまざまな様式について、ひとつの歴史を構想することであった。これまでに私は、人間を主体(サブジエクト)に変形せしめる対象化(客体化)の三つの様式を扱ってきた。
 第一は、科学の地位にのし上がろうとしている観察という様式である。・・・この様式における第二の例として、財と経済の分析における生産主体――労働主体――の対象化が挙げられ、第三の例としては、自然史あるいは生物学における、生という事実そのものの対象化がそれである。
 私が扱った第二の様式は、『分割する実践』と呼ぶべき主体の対象化である。主体は彼自身の内部で引き裂かれているか、他者から引き裂かれているか、どちらかである。この過程が主体を対象化していく。例として、狂気と正気、病者と健康者、犯罪者と『善良な市民』。
 私が第三に研究しようとしたのは――これが現在の仕事である――人が主体(サブジエクト)に転換していく道程である。たとえば、性の領域を選びとった――いかにしてひとは『性現象』の主体としておのれを認識するに至るか。
 このように、私の研究の統一的主題は権力ではなく、主体なのである。」(『思考集成』第9巻、「主体と権力」、10~11頁)
私は廣瀬が指摘し、フーコーが自ら記述している権力から主体へという転換以降の最初の講義『主体の解釈学』(筑摩書房、2004年)の冒頭1982年1月6日の講義第一時限を読んで驚きました。そこには私がずっと探求してきた問題解明のヒントが隠されていると感じたのです。それで、事前配布資料にまとめた文章を作成し始めたのですが、それは途中で終わり、『主体の解釈学』のところはノートがあるだけでした。だから今回その残りの2割を仕上げればと考えたのですが、これが実は大変な作業だったのです。
 まず、フーコーの主体とは、日本で一般に理解されている主体の概念である、「1 自覚や意志に基づいて行動したり作用を他に及ぼしたりするもの。主体⇔客体。2 物事を構成するうえで中心となっているもの。」という意味とは全く異なり、主体が服従において規定されているのです。したがって、この中心的主題である「主体」のフーコー的概念を理解しないことには解読が一歩も進まないのです。
 主体を何かに服従している存在と見るフーコーの思想は、ガタリにも共通しています。フーコーは、ドゥルーズ、ガタリ『アンチ・オイディプス』に序文を書いているし、そこで、二人が取り上げている中心問題は「自分を革命の闘士と信じているときでさえ(むしろ、とりわけそのときに)ファシストにならないためには、いかにしたらよいのか。われわれの言説と行為から、われわれの信条と快楽から、いかにしてファシズムを一掃したらよいのか。われわれの立ち居振る舞いの中に深く食い入っているファシズムをいかにしたら追い出せるのか。」(『フーコーコレクション6』(筑摩書房、161頁)と述べています。これこそ次世代の政治の追及であるし、主体自由な存在ではなくて、ファシズムに服従させられている存在であるとみているのです。
 なお、ガタリ主義者であり、フーコー主義者でもあるラッツアラートは『借金人間製造工場』(作品社)で、現在の主体の服従の形態について、「社会的服従」と「機械的服従」の二つをあげています。これを批判的に取り上げてみましょう。
 まず、主体の一般的理解である「1自覚や意志に基づいて行動したり作用を他に及ぼしたりするもの」という思想は、封建時代の身分的隷属をブルジョア革命によって廃止し、政治的自由が成立したことによるものです。しかし、身分的隷属は廃止されましたが資本への隷属は残っています。これは経済的服従ですが、これを土台にして、ラッツアラートが言うような「社会的服従」や「機械的服従」も生み出されるのです。しかし、肝心なことは、経済的服従が政治的自由を伴うということです。フーコーの「ファシズム」を資本の専制と翻訳してみましょう。資本の専制は政治的自由を伴い、革命家ですら資本の専制に手を貸してしまう、ということになりますが、この謎ときがいま求められているのです。商品・貨幣・資本がもたらす事物化(物象化)だといって安易に済ますのではなくて、この事物化とは事物による意志支配であり、人は他者に意志支配されると服従だと感じるのですが、事物の支配された場合は服従ではなくて、主体として自然法則を利用しているという観念にアナロジーしてしまうのです。

4.古代ギリシャの哲学へのラトウールの疑問
 ラトウールは『科学論の実在』(産業図書、2007年、原書、1999年)で、驚くようなギリシャ哲学の解釈をしています。時間の関係で詳しくは論じることはできませんが、以下に引用しておきます。


第7章  サイエンス・ウォーズの発明
   ソクラテスとカリクレスの決着法
 正義がなければ力が取って代わる 理性を求めて叫ぶことは理にかなっているか。
 「私は、科学を政治からもう一度区別し、<政治体>が不可能で、無力的で正当性を欠いた、生まれながらの厄介者となるような仕方で発明されてしまった理由を説明できるようにするために、その歴史を調べてみたいと思う。」(『科学論の実在』、277頁)
 「一方の非人格的な自然法則への敬意と、他方の非合理性、非道徳性、政治的無秩序の対する戦いの間に彼らが確立した紐帯である。どちらの引用文でも<理性>の運命と<政治>の運命は一つの運命として結合している。」(同書、278頁)
 「非人間性をもって非人間性を制す」(同書、279頁)
 「ソクラテスとカリクレスは二人とも群衆に敵対し、各々、衆愚を支配し、この世からあの世の分不相応な勝利の栄冠を勝ち取ろうとしているのである。」(同書、303頁)
 「<力>の支配に屈しないためには<理性>の支配を無条件に受け入れなければならない――これがキャッチボールの前半だ。後半は、これを逆転しただけのものであり、<理性>の支配に屈しないためには、<力>の軍門に下ることに無条件に同意しなければならない。」(同書、303頁)
 「力と理性の劇的な対立の代わりに、三種類の力(あるいは三種類の理性――ただし、今後はいずれも何ら重大なニュアンスを伴わない言葉として)について考えなくてはならない。ソクラテスの力、カリクレスの力、そして民衆の力である。われわれが扱わなければならないのは、二者間の対話(ダイアローグ)ではなく、三者間の三角対話(トリローグ)なのだ。」(同書、303~4頁)
 「排除された中身は第三階級なのだ。哲学者は、洞窟から逃れられず、影だけを糧とするために洞窟に全民衆を投げ込むのである。」(同書、304頁)
 「全員に対する二人の闘い。それは、われわれに、彼らがいなければ万人に対する万人の闘争が生じるだろうと信じ込ませようとする二人組の奇妙な闘いなのだ。」(同書、304頁)
 

 第8章  科学から解放された政治
       コスモポリティクスの<政治体>
 「われわれは、粉々にされる前の原初の<政治体>を対話の残骸から再構築することができる。ただし、われわれの場合は、ルソーが用いたのと同じ神話を正反対の目的、つまり理性の過剰から政治を解放するために用いるのだが。」(同書、305頁)
 いかにしてソクラテスは政治的言明の美徳を明らかにしているか
 「原初の<政治体>の仮想的イメージを再構築するには、プラトンの否定的な注釈のリストをすべて肯定的に受け取るだけでよい。もともとは集団全体に分配された集団全体に関する知識であったものが少数者の専門知に転換されるとき、何が失われるのかを逆さまにして示せばよいのである。」(同書、306頁)

 

結論 どんな工夫がパンドラの希望を解放するのか?
確認点
 「それは、存在論と認識論と倫理学と政治学、そして神学の問いを一つに結び付ける決着法だけが存在しているという点である。」(同書、383頁)
 「自然、社会、道徳、そして<政治体>の定義は、あらゆる権力の中で最も強力で、最も逆説に満ちたもの――政治を消滅させる政治、非人間へ堕落することから人間を守る非人間的な自然法則――を創造するために、すべて一緒に生み出されたのだから。」(同書、383頁)
 「古い決着法の代替案を探求しようとする本書の試みの最も議論を呼ぶ点は、主体‐客体の二分法を丸ごと廃棄してしまう点であることは十分に意識している。モダニティ(近代性)の開闢以来、哲学者たちはこの二分法を克服しようと試みてきた。私の主張は、試みることさえすべきではないということだ。肯定的にであれ、否定的にであれ、はたまた弁証法的にであれ、この二分法を利用しようとする試みはすべて失敗してきた。それは全く不思議なことではない。何しろそれは克服されるべきものとしてはつくられていないのであり、この克服できないことのみが主体と客体にその切れ味を提供してきたのである。」(同書、385頁)
 「客体は、主体が非人間性に陥ってしまわないように守るためにそこにあり、主体は、客体が非人間性に陥ってしまわないよう守るためにそこにある。しかし、ファクティッシュ(物神事実)の防御シールドは消失し、<政治体>は無能化されている。人間性は回復不能なものとなってしまった。なぜなら、かの巨大な橋渡し不可能な深淵の反対側につねに存在しているからである。この巨大で荘厳な建築物の中にひとたび入ってしまうならば、客体という言葉は必ずや、あらゆる場所での何らかの主観性の痕跡をたちまち拭い去るために用いられることになってしまう。また、主観性に関する言葉は必ずや、科学の力をそいだり、自然の無常さを中和したりするために用いられることになってしまうのである。モダニティが展開するにつれて、主観性と客観性は怨念と復讐の概念になってしまったのだ。」(同書、385頁)
 「私は、主体‐客体の二分法を手つかずのままにして、もう一つの対――人間と非・人間――で置き換えようと試みてきた。私は、分断を克服する代わりに古い決着法をもともとあった場所に保ち、別の方向に進路を変え、そうするのが得策な場合には、巨石の下を掘り返してみた。上ではなく下をだ。私にとってそうすることは何ら名声に値することではない。私は、単に理論ではなく実践を追いかけてきただけにすぎないからである。」(同書、386頁)
 「発酵素は実在なのか、それとも製作されたものなのか?」という問い。
 「そして、もし私が『両方だ』と答えていたならば、事態はさらに悪化していただろう。なぜなら真理――ノンモダンな真理――とは、事実は実在でもなく、製作されたものでもなく、<政治体>を不可能なものにしてしまうために発明されたこの脅迫的な選択を完全に免れたものである、ということだからだ。事実がこの困難な道を進んでいくためには、ファクティシュからのささやかな助力を必要とするだろう。しかし、この助力者は、批判的モダニストの偶像破壊の動作によって二つに砕かれてしまっている。」(同書、386頁)
 「そう、われわれはある進歩を成し遂げた。一つのモダニストの決着法があり、少なくとももう一つの代替案がある。後者は、前者の成就を示すのもでもなければ、その破壊や否定や終焉を示すものでもない。これがある程度の確実さで主張できる唯一のことである。生き生きとした持続性のある代替案とはどんなものなのか、それは私にはわからない。」(同書、387頁)
 古い決着法の構成要素を一つ一つ置換していくこと。
 認識論が作り出した人工物の全体を置換する
 もう一つの科学への期待
 政治にとっての言語行為の適切性条件の自己展開
 「文化と対峙する客観的な自然とは、人間と非人間の分節化とは完全に異なるものである。もし、非・人間が一つの集合体にまとめられるならば、それは、科学によって非・人間と同じ運命を分かち合うようになった人間と同一の制度のなかの同一の集合体であるだろう。二極の力の源泉――自然と社会――の代わりに、われわれはただ一つの源泉、はっきりと特定可能な人間と非・人間のための政治の源泉、集合体の中へと社会化された新しい存在のための源泉があるだろう。
 『集合体』という言葉はついにその意味を見出す。それは、イザベル・スタンジュールが描くコスモポリティクスにわれわれすべてを集めるものなのだ。隠れた確実な力(自然)と疑わしくさげすまれた力(政治)という二つの力の代わりに、われわれは同じ集合体の中で二つの異なった課題を有するだろう。第一の課題は、『どれだけ多くの人間と非・人間が考慮されているか』という問題に答えることであり、第二の課題は、ありとあらゆる問題の中で最も難しい問題、『犠牲となるものの対価を払ったうえで、あなたは善き人生を一緒に歩む準備ができているか』に答えることである。この最も高度に政治的かつ道徳的な問題が、何世紀にもわたって、多種の聡明な人々によって、人間をつくりあげている非・人間を抜きにして人間だけのために提起されてきたことは、アメリカの建国の父たちが奴隷や女性の参政権を否定したことと同じくらい常軌を逸していると間もなく見なされるようになることを私は疑っていない。」(同書、389頁)
 「第四の、より困難な今後の課題の特徴は、支配に関係している。・・・われわれはまだ、支配者を全く持たないということを試みたことはない。無神論は、もしこの言葉で支配に関する全般的な疑いを意味するのだとしたら、将来にわたっても大いに栄えるだろう。アナーキズムに関しても同様である。『神も支配者もなく』というアナーキズムの麗しいスローガンが、実は常に一人の支配者、すなわち人間というものを想定しているがゆえに不正直なものであったにしても。」(同書、389頁)
 ● ラトウールのギリシャ哲学についてのこの考えを紹介したのは、フーコーの晩年の講義がギリシャ哲学に関する詳細な考察であることで、フーコーとは異なる視点をまずは見ておく必要があると考えたからです。ラトウールが検討したのはプラトンの対話編『ゴルギアス』で、そこではソクラテスとゴルギアスとの対話で、ソクラテスが、ソフィストを打ち負かすという運びになっているのですが、ラトウールは、この論戦がポリスの政治においては、正義と力の対抗関係を前提に正義を裏付ける理性の価値を称揚しようとしているのですが、その前提そのものを問いに付しているのです。正義がなければ力の支配となる、という前提、そして政治の廃止という目的、さらには主体と客体との二分法の克服、といった
議論の前提そのものを疑問に付しているのです。  
 以上でフーコーの主体論解読の前提作業が終わりました。しかし、ここで多分時間切れとなります。以下は引用中心です。

第4章 主体のフーコー的概念

1.統治性
 「私が言いたいのは要するに次のようなことです。権力の問題、政治権力の問題を、統治性という、もっと一般的な問題の中に置いて考え直してみましょう。統治性という言葉で、権力の諸関係の戦略的領野を考えてください。そして権力も、たんに政治的な意味にはとどまらない、もっと広い意味で理解してください。さて、このように統治性を権力の諸関係の戦略的な領野のひとつとして理解してみるならば、つまり、権力の諸関係の流動的で、変更可能で、逆転可能な側面に注目してみるならば、この統治性の概念は、主体という要請を、理論的にも実践的にも経由せずにすますことはできません。この場合主体とは、自己の自己への関係として定義させるでしょう。制度としての政治権力の理論は、ふつう法的な主体の法律上の概念に基づいていますが、それにたいして統治性の分析――すなわち、逆転可能な諸関係の総体としての権力の分析――は、自己の自己への関係によって規定された主体の倫理に基づかねばならないのです。簡単に言えばこういうことです。ある時期から私が提出しようとしているようなタイプの分析によって次のようなことがわかります。『権力』『統治性』『自己と他者たちの統治』『自己の自己への関係』、この四者は連鎖して網目のようにつながっていること、そして、これらの概念を中心にして、政治の問題と倫理の問題を連結することができなくてはならないということ、こうしたことがあるでしょう。」(『主体の解釈学』、294~5頁)
 『主体の解釈学』(筑摩書房、2004年)冒頭の講義に魅せられたのですが、この講義のちょうど半ばで話された統治性についてのまとめ的な発言の紹介から始めましょう。フーコーはデカルト以降に発達した近代知と科学知の限界を、古代ギリシャにおける思考との対比であぶりだそうとしています。そしてこの作業の中に「次世代の政治=統治」のヒントをつかみ取れるのではないかと感じたのです。もちろんフーコーの作業は、ここで到達目標とされている「政治の問題と倫理の問題を連結する」ところまでは進んでいません。またギリシャ哲学に対するラトウールの考えもあり、晩年のフーコーの三つの講義、この書の他に『自己および他者の統治』、『真理への勇気』があるのですが、それらに立ち入ることもできません。今回はいくつかのテーマについて序論的に取り上げることにとどまります。

 

2.汝自身を知れと自己への配慮
 私はこの講義で「自己への配慮」という問題が取り上げられていることに新鮮さを感じました。現代の常識では、「汝自身を知れ」は、自分自身への洞察であり、他方「自己へ配慮」といえば、自己中心主義だという理解です。ところが古代ではそうではなかった、ということを引き合いに出して、今日の思考を批判しているのです。科学知への批判は後で出てきますが、ここでは自己への配慮についてのフーコーの講義を引用しておきましょう。
 「第一に、一般的な態度、物事を見る見方、人々の間での振る舞いやさまざまな行動を行い、他者と関係をとり結ぶ、そのやり方、という主題があります。〈自己への配慮〉とは、ひとつの態度であり、自己や他人、世界に対する態度なのです。
 第二に、〈自己への配慮〉はまた、注意の、視線の一定の形式でもあります。自己へ配慮するこということは自身の視線を向け変え、それを外部から・・・(ママ)『内部』へ、といってしまうところでしたが、この語は脇に除けておいて、とりあえずたんに視線の方向を外部、他者、世界から『自己』へ向け変える必要がある、とだけ言っておきましょう。自己への配慮は、自分が考えていること、思考の中で起きていることに注意を向ける一定のやり方を含意しています。・・・(中略)・・・
 第三に配慮という考え方は、ただたんにそうした一般的な態度あるいは自己へと向けられた注意のかたちを指すのではありません。配慮はまたいくつかの行動、ひとが自己に対して行う行動、自己の世話をし、自己を変え、自己を浄化し、変形し、変容させる行動を指すものでもあります。そしてそこに由来する一連の実践は、その大部分が(西欧の文化や哲学、道徳、宗教において)非常に長い運命をたどることになる訓練です。」(14~5頁)
 ここで重要な論点は、第三点です。ここでフーコーは配慮を実践としてとらえています。配慮がなぜ統治性と結びつくのか、この疑問は配慮を実践と捉えることで解消します。次世代の統治においての配慮、という解明すべき課題が立ち現われます。
 「〈自己への配慮〉という考え方は、西欧の思考、哲学が自らの歴史を再構成する際にはないがしろにされてしまっていますが、これは何が原因なのでしょうか。『汝自身を知れ』は大変な特別待遇を受け、多くの価値と密度とを認められてきました。ところが自己への配慮という考え方のほうは脇に、少なくとも薄暗がりの中に追いやられています。・・・・どうして私たちは、自己への配慮を犠牲にして〈汝自身を知れ〉をこのように特権化するのでしょうか。」(15~6頁)
 「古代の思想では、『自己に専心する』ということはいつも肯定的な意味を持っており、けっして否定的な意味を持つことはありませんでした。さらにもう一つの逆説を付け加えるならば、まさにこの、『自己に専心せよ』という呼びかけを出発点として、西洋にかつて存在したなかでおそらくもっとも峻厳かつ厳格、抑制的な道徳が構成されたのです。・・・・つまり、自己への配慮という教えは、それが私たちにとってはむしろ自己中心主義とか引きこもりを意味するものであるのに対して、かつては何世紀ものあいだ、極度に厳密な道徳の母胎となるような肯定的原則であったという逆説があるのです。」(17頁)

 

3.霊性(スピリチュアリテ)
 次に出てくるのが霊性(スピリチュアリテ)です。こでも前近代では当たり前の知識でした。しかし近代に入って科学知にとってかわられ、現在ではオカルトや陰謀論の領域として知識人にはまともに取り扱われてはいません。しかし、1980年代に入ると本屋の品ぞろえは社会科学は隅っこに押しやられ、オカルト、スピリチュアリテ、陰謀論、それに心理学の本が幅を利かすようになります。人々の関心がそこに向かっているのです。他方で科学批判の文献も相当数出版されています。しかし科学知に対する根底的批判はまだ市民権を得ていません。霊性を蘇らせようとしているフーコーの手際を見てみましょう。
 「主体が真理に至ることができるようにするものについて問う思考の形式、これをもしよろしければ、『哲学』と呼ぶことにしましょう。さてそうしたものを哲学と呼ぶとすれば、主体が真理に到達するために必要な変形を自身に加えるような探求、実践、経験は、これを『霊性』と呼ぶことができるように思われます。このばあい『霊性』と呼ばれるのは、探求、実践、および経験の総体であって、それは具体的には浄化、修練、放棄、視線の向け変え、生存の変容などさまざまなものであり得ます。それらは認識ではなく、主体にとって、主体の存在そのものにとって、真理への道を開くために支払うべき代価なのです。少なくとも西洋に現れる霊性は、三つの性格を備えています。」(19頁)
 ご覧のようにフーコーにとっては霊性も実践なのです。近代の認識論では客体を認識する主体が措定されるのですが、認識そのものを実践としてとらえる方法は藤本進治が試みましたが未完です。フーコーは実践としての霊性の原理について三点を挙げています。
 ① 主体にはその正当な権利として真理が与えられるわけではない。
 ② 真理に到達するには主体の変容が必要で主体は別のものにならなければならない。
 ③ 真理は主体の存在そのものを問題にするような代価を払ってはじめて与えられる。
 「つまりこの観点から言えば、主体の変形ないし立ち返りなしに真理はあり得ない、ということです。・・・(中略)・・・この立ち返りは、主体をその身分、その現在置かれている条件から引き離す運動(主体自身の上昇という運動。この運動によって、反対に真理が主体に到来し、そして霊感を与えるのです)というかたちでなされうるのです。」(20頁)
 これを革命後の政治に利用することはできないか、というのが二つ目の着眼点です。

 

4.科学知の限界と霊性の必要性
 いよいよフーコーが科学知の限界を述べるところに来ました。
「さて数世紀飛び越えるとしますと、私たちは、真理への道を開くもの、主体が真理へと到達できるための諸条件が認識であり、ただ認識だけである、ということを認めた日を境に近代に入ったと言ってよいでしょう。」(21~2頁) デカルト的契機
 「思うに真理の歴史の近代が始まるのは、真実に到達することを可能にするものは認識であり、ただ認識だけである、ということになった時です。つまり哲学者が、他には何も要求されることなく、自分の主体としての存在が修正されたり変質せしめられたりする必要もなく、彼自身で、ただ自分の認識行為によって真理を認め、それに到達できるようになったその時から、真理の歴史の近代は始まったのです。」(22頁)
 「そしてその結果、あるいはもう一つ別の側面と言ってもいいのですが、ただ認識のみを条件とするような真理への到達は、認識のなかに、その報い、完成として、ほかでもない、認識の際限のない行程を見出すことになるでしょう。あの霊感の地点、あの完成の地点、主体が自らについて認識した真理の『反作用』によって変容するあの瞬間、主体の存在を推移させ、横断し、変容させるあの瞬間、こうしたすべてはもはや存在し得なくなりました。真理への到達が主体において、それに到達するために支払われた代価たる労働なり犠牲なりに、その仕上げあるいは報いをもたらすことでこれを完了させる、といったことはもはや考えられません。認識はひたすらに、進歩の際限のない次元へと開かれるでしょう。」(23頁)
 「真理はこれ以降、そのままでは主体を救うことができなくなるのです。主体はそのままでは真理を受け入れることができないが、真理はそのままで主体を変容させ救うことができる。霊性を、こういう考えに立ったさまざまな実践の形式として定義するとしたら、主体と真理の関係の近代が始まるのは、主体はそのままで真理を受け入れることができるが、真理はそのままでは主体を救うことができない、と私たちが言えるようになったそのときからなのです。」(23頁)
 思考の特権化への批判、論理の特権化への批判、文化知、物象化・・・
 マルクス主義や精神分析は宗教ではないが、霊性と関係している。
 「マルクス主義でも精神分析でも、主体の存在のなんたるかという問題と、そこから出てくる、真理に到達することで主体において変化しうるものは何かという問題、この二つの問題は霊性にまったく特徴的なものだと繰り返し申し上げますが、これらが二つの知の核心に見出されること、あるいはそれが言いすぎならば、少なくともその出発点と到達点に見いだされることはおわかりでしょう。」(37頁)
 「私が言いたいのは、これらの知の形式において見いだされる問題、問いかけ、要請といったものが――数千年、少なくとも千年、二千年にわたる歴史的な観点から見た場合――〈自己への配慮〉つまり真理への到達の条件としての霊性という、なによりも古い、なによりも根本的な問題であるように思われる、ということです。」(37頁)
 しかしマルクス主義も精神分析も問題をこのようには捉えず、「知の形式に固有の霊性のそうしたさまざまな条件を、いくつかの社会的形式の内部に隠そうとしてきました。」(37頁)
 階級の措定は主体の構成条件の問題であり、霊性とその要請という、歴史的な切り口で考えられる、という提起。「真理と主体」という問題。
 「主体はそのものとしては、つまり自らに与えられているそのままの姿では真理を受け入れる能力がない。・・VS・・つまり主体が自らを変容させなくてはならないのではない。主体が主体でありさえすれば、認識において、真理に到達する道が得られる。その道は、主体という固有の構造によって開かれている。これが非常にはっきりとデカルトにはあるように思われます。そしてそこに、カントにおけるもう一ひねりが加わります。これは次のように言います。我々が知ることのできないものがまさに、認識する主体の構造そのものをなしている。この構造こそが、我々がそれを知り得ないようにしている。したがって、まさにさしあたっては到達できないような何かへ主体を到達させてくれるような、主体のある霊的な変容という考え方は、現実離れした逆説的なものだ。こうして真理への到達のための霊性という条件、とでも言えるようなものが一掃されてしまったこと、この一掃が、デカルト及びカントとともになされたのです。」(223~4頁)

 

5.自己への配慮と統治
 「第一に、おわかりのとおり、自己への配慮の必要性は権力の行使と結びついています。・・・
 しかし『自己に専心すること』は、他者に対して政治的権力を行使したいという個人の意図に含意されており、そこから導かれるものです。自己に配慮してきたのでなければ、他者を統治すること、他者をうまく統治すること、自分の特権を、他者に対する政治行動へと変容させることはできない。特権と政治行動のあいだこそが、自己への配慮という、この概念が出現した地点なのです。」(45頁)
 自己への配慮というときの自己とは何か。人間とは何かという問いではない。
 「この問題は、人間の本性に関わるものではなく、私たちがいまや主体の問題と呼ぼうとしているもの――このことばはギリシャ語原文にはありませんから――に関わるものです。この主体とは何だろうか。個人から発して自己にめぐり来る、この反照=反省的な活動、この反照=熟慮された活動が向かう、この点とはいったい何だろうか。この自己とは何だろうか。これが第一の問題です。
 同様に解決を待っている第二の問題とは、どうやってこの自己への配慮が、それが適切に展開され真剣に受け止められたときに、私たちを、アルキピアデスをその望んでいるものへと導くのだろうか、つまり他者を統治しようとするさいに彼が必要としている技術へと導くのだろうか、という問題です。」(48頁)
 「統治しなければならない他者に適切に配慮することができるために私が配慮しなくてはならないようなこの自己とは、いったい何だろうか。配慮の対象としての自己から、他者の統治としての統治の知へと向かうこの円環こそが、私が思うにこの対話編の終結部の中心にはあるのです。」(48頁)
 「この自己への配慮の要請、この実践――というよりもむしろ、自己への配慮がそのなかに現れてくるようなさまざまな実践の総体――この総体が実際には古い実践、経験の方式、種類、様態のなかに根ざしているということです。・・・ある実践、主体の存在様態を変容させ、あるがままの主体を変化させ、これを変貌させることで資格を与えるような、草した特定の実践なしには真理に到達し得ないこと、このことは前哲学的な主題であり、多少なりとも儀式化された非常に多くの手続を生み出してきました。」(57頁)
 自己への配慮を考える時に、何をすればいいかがわからなくなる恐れ。配慮するとはどういうことか、を問うこと。
 「つまり、自己と自己への配慮について、他者を支配するのに必要な知がそこから派生してくるような、そうした定義を与えなくてはならないということです。」(62頁)
 自己とはいったい何か。汝自身を知れ。
 これは自分の本性=動物、理性的存在等々の、ではなく、関係のこと。
 自己とは関係であり、「主体の側と客体の側で同じであるこの要素とは、いったい何なのか」(64頁)配慮の主体と配慮の対象(客体)の同一性。
 「自分の受けた悪い教育、自分の無能力をすこしは考えなさい」(64頁)
 「配慮しなければならないのは魂であり、自分自身の魂である」(65頁)
 「したがって問題なのは、言語の行動をとおして、行動の主体と、この行動そのものを構成しその実現を可能にしている(語や音などの)要素の全体を際だたせ、区別することができるようにする分割線を引くということなのです。こう言ってよければ、主体をその還元不可能性において浮き上がらせることが、要するに問題なのです。」(66頁)
 「身体的、道具的、言語的なあらゆる行動の主体とは魂なのです。」(67頁)
 「彼は実際には、世界や身体にたいする魂の道具的な関係ではなく、主体が周囲のもの、手元にあるさまざまな対象や、彼が関係をとり結ぶ他者、自分の身体、そして自分自身にたいしてとることになる、いわば単独的な、超越的な立場のことを指し示そうとしているのです。・・・彼が発見したのは実体としての魂ではまったくない、と言ってよかろうと思います。それは主体としての魂なのです。」(68頁)
 「自己への配慮とは実際、つねに誰か別の人への関係を通る必要があるからであり、この別の人が師なのです。師を経由せずに自己に配慮することはできません。」(70頁)
 第一、自己への配慮と医術、身体の手当、養生術。
 第二、自己への配慮の社会的活動、家政術。恋愛術。
 「自己へ配慮するということは、統治者の特権であり、また統治者が、統治するがゆえに課せられる義務でもあったのです。」(89頁)
 「したがって主体が向かうべきは、その無知に置き換わるような知ではありません。個人が向かうべきは、その生存のいかなる時点でも彼が経験したことがなかったような主体という身分です。彼は非・主体に、自己の自己への関係の充溢によって規定されるような主体の身分を置き換えなくてはならない。彼は自らを主体として構成しなくてはならない、そしてここで他者が介入してきます。」(152頁)
 「さて、自由に、絶対的に、そしてつねに欲することができる対象は何でしょうか。意志がそこに極をおき、いかなる外部のものによっても規定されることなく働くことができるような、そうした対象とは何でしょうか。意志が絶対的な仕方で、つまり他の何ものも欲しないという仕方で欲することができるような対象とは何でしょうか。いかなる状況であれ意志がつねに欲することができ、機会や時に応じて変わる必要のないような対象とは何でしょうか。ひとが自由に、外的な規定を考慮する必要なしに欲することができる唯一の対象、それは言うまでもなく自己です。」(155~6頁)
 「意志の極となることができ、意志の自由で絶対的で恒常的な対象、目的として現れてくることができるような対象として自己を構成するということ、これはただ、誰か他の人を介してのみなされ得ます。」(156頁)
 「そうしますと、提起される問題は次のようになります。つまり主体の構成に必要な他者の働きかけとはどのようなものだろうかという問題です。この他者の働きかけは、どのようにして自己への配慮のなかに、その不可欠な要素として書き込まれることになるのでしょうか。こう言ってよければ、このさしのべられた手、この教育ならぬ『外への導き』、教育とはべつのものであり、あるいは教育以上のものたる『外への導き』、これはいったい何なのでしょうか。」(152頁)

 

6.パレーシア
 「自己の実践を個々人の間の関係の一様式にしようという、大きな動きがあったのです。これは自己の実践を、他者による個人の統御の一種の原理にすることによって、つまり個人が他者を支点や媒介として自分自身との間に一つの関係を形成し、発展させ、確立する際の一種の原理にすることによって目指されていました。」(181頁)
 「自己の実践は社会的実践と結び合うようになっています。あるいはこう言ってよければ、自己の自己への関係の構成が、非常にはっきりした仕方で自己の〈他者〉への関係に接続したのです。」(182頁)
 「こうした自己の実践の展開をとおして、自己の実践がこのような――もちろん普遍的ではないにしても、少なくとも個人間ではつねに、哲学の師とその生徒という関係にないときですら可能な――一種の社会的関係となったということをとおして、何か大変新しいもの、大変重要なものが展開されているように思われます。これは言語や言説一般の、というよりむしろ、〈他者〉との言語的な関係の新しい倫理です。そしてこの他者との言語的関係の倫理こそが、パレーシアという、あの根本的な概念によって指し示されているのです。パレーシアは一般に『率直さ』と訳されますが、これは良心の指導の実践において、他者と共有さるべきゲームの規則であり、言語行動の原理のことです。」(191~2頁)
 「誰に対しても開かれている価値の階層的な組織化でありながら、同時に選別と排除のメカニズムに機会を与えるものでもあるものを陶冶と呼ぶとすれば、そしてこの価値の階層的な組織化が、仔細に定められ、高い対価と犠牲を要求する、全人生の極となるようなさまざまな振る舞いを個人において惹起するということ、そして結局、こうした価値の領域の組織化とその価値への到達が、細かく定められた、考え抜かれた技法と、一つの知を構成するような諸要素の全体とをとおしてのみなし得るものであるということ、このことを陶冶と呼ぶとするなら、その限りにおいて、ヘレニズムとローマの時代には、自己の陶冶が本当に存在したということができます。」(209~10頁)
 「主体と申し上げましたが〔それには三つの形式があります。第一に〕私たちがそうでないような主体があります。つまり狂った主体または非行者という主体です。〔第二に〕私たちが一般にそうであるような主体があります。そのとき私たちは語り、労働し、生きている主体です。最後に、私たちが私たち自身に個人的に直接向かっているような主体があります。セクシュアリティの場合がこれです。これら三つの形式における主体の真理の構成という問題を提起しようとしてきました。」(296頁)
 主体の三態

4.研究報告資料

 マルクスから考えるフーコー『生政治の誕生』の可能性
   2021年7月13日 ルネサンス研究所東京報告(資料編)

                      境 毅 sakatake2000@yahoo.co.jp
 

統治論と国家論批判を中心に『生政治の誕生』を読む
長いので、途中「要約」を入れてあります。◯はフーコー、●は私のコメントです。

 

1.私のフーコー体験
 1984年にフーコーは亡くなり、すぐ『ミシェエル・フーコー』(新評論、1984年)が出版され、これは面白く、1980年代後半に録音した資本論講義(その中心部分は情況新書『資本論の核心』に採用した)のための『資本論研究会テキスト(1)』に以下の2箇所を引用し、コメントをつけています。
 「権力諸関係の中にありうるもっとも隠されたものを探し求めていくこと。権力諸関係を経済的な下部構造の中でまで捉え直すこと。国家という形式にあらわれた権力諸関係を追及するだけでなく、国家の下位にあったり、国家をこえでたりする形式においても追及すること。権力諸関係をそれらの物質的作用の中で再発見することです。」(『ミシェル・フーコー』61~2頁)
 「それは、権力はたんに『否』を宣告する力として威力をふるっているわけではなく、ほんとうはものに入りこみ、ものを生み出し、快楽を誘発し、知を形成し、言説を生み出しているからなのです。権力は、社会体の全域にわたって張りめぐらされた生産網なのだ、と考える必要があります。」(同書、85頁)
 この引用へのコメントは次のようなものでした。
 「市民社会、資本の政治的権力を解明するという見地からの商品批判。しかし重要なのは政治的権力と経済的権力とを区別すること。経済的権力が物象による意志の支配を原理としていることの解明がポイント。」(『資本論研究会テキスト(1)』、18頁)
 このコメントをした後にもフーコーには関心を持ってはいましが、いまさら主著を読むこともしませんでした。たまたまコレージュ・ド・フランス講義『主体の解釈学』(筑摩書房、2004年)を書店で見つけ、興味を持って読みましたが、多分、レヴィナスやデリダを読んでいた頃で、他の巻が未完であった事もあって、感想をまとめることはしていません。
 ところがルネサンス研究所2012年夏の研究会で斉藤日出治さんに報告していただいた時に、フーコーが『生政治の誕生』(筑摩書房、2008年)で新自由主義批判をしているということを教えていただいたのですがすぐには読めずにいました。その後、市田良彦さんの提案で、『情況』思想理論編第1号(2012年)に掲載した市田さんらの共著論文を、刊行前にルネサンス研究所で議論したことがあり、その後共著論文が単行本化されたことで、この『債務共和国の終焉』(河出書房新社、2013年)を再度読み、そこで肯定的に紹介されている人的資本論やレント論に元々違和感がありましたので、遂に人的資本論を論じている『生政治の誕生』を検討せざるを得なくなったのでした。

 

2.統治実践論の展開
 もともと、人的資本論に関する興味から本書を取り上げたのですが、読んでみるとまずは統治論と国家論批判に引きつけられました。それで、その紹介から始めることにします。
 フーコーは1979年1月10日の講義で方法の問題を論じています。まず今回の講義に当たって、統治について「人間の統治を、政治的主権の行使という意味においてのみ考慮にいれた」(『生政治の誕生』、4頁)と規定し、「普遍概念から出発してそこから具体的な諸現象を演繹する代わりに、というよりもむしろ、いくつかの具体的な実践の理解のために必要な格子とみなされた普遍的概念から出発する代わりに、私は、そうした具体的な実践から出発し、普遍概念をいわばそうした実践の格子に通してみたいと考えている、ということになります。」(同書、5 頁)と述べています。
 この問題提起はとても面白い。左翼の流儀は革命の綱領的立場から、演繹的に任務まで説き起こします。そして、ソ連崩壊以降はこのようなタイプの言説がぜんぜん支持されてはいないのですが、左翼は相変わらずその枠組みからは抜け出せていません。フーコーのこの提起は左翼の思想的な自己批判に役立つかもしれない、というのが読んでいての感想でした。フーコーの発想は次の引用からも知れるように、普遍主義批判という点で徹底しています。
 「もし、国家、社会、主権者、臣民のような何かが存在するということをアプリオリに認めないとすれば、歴史をどのように書くことができるだろうか、と。私はかつて、狂気に関してこれと同じ問いを提出しました。・・・・狂気が存在しないと想定してみよう、そ
うすると、狂気として想定された何かにもとづいて秩序づけられているように見えるさまざまな出来事、さまざまな実践について、どのような歴史を語ることができるだろうか。」(同書、5~6 頁)
 ここでフーコーは、日常的な意識において普遍概念で捉えられている対象が、どのようにして歴史的に生成されるかということを問題にしています。そしてその対象の生成を歴史的に跡付けようとしていて、そのときにフーコーが重視するのが合理性です。
 「私が標定しようとしたもの、それは、統治実践におけるある種のタイプの合理性の出現、即ち、国家と呼ばれる何かに関する統治のやり方の規則付けを可能にするようなある種のタイプの合理性の出現でした。」(同書、6 頁)
 なぜ合理性かといえば、フーコーは統治について、それを実践として捉えています。それが実践である以上なんらかの意識あるいは観念を伴っていることになります。そしてフーコーが注目するのはその観念の生成なのです。だから国家理性について次のように語っています。
 「国家理性とはまさしく、所与として提示される国家と、構築し築き上げるべきものとして提示されえる国家との間に位置づけられることになる一つの実践、というよりもむしろ、そうした一つの実践の合理化です。」(同書、6 頁)
 こうしてフーコーは統治論を展開する視点を確立します。統治を統治実践と捉え、その実践を規定し、合理化している観念の生成を跡付けることがそれです。
 「重商主義、内政国家、ヨーロッパのバランス。こうしたすべてが、国家理性の原理に従って秩序づけられた新たな統治術の具体的な姿でした。これが、国家をその原理およびその適用領域とする一つの合理性に従って統治するための、互いに連動した三つのやり方
だったのです。」(8 頁)
 新しい観念の生成というこの観点から統治の様々な歴史的変遷を跡付けることがこの講義の課題であり、近代国家のそれまでの国家との違いの解明も可能となります。ここから、「国家は、冷たい怪物ではなく、統治のある種のやり方の相関物です。」(同書、8 頁)とい
う見解が導かれています。

 

要約
◯ 「具体的な実践から出発し、普遍概念をいわばそうした実践の格子に通してみたい」
◯ 「国家、社会、主権者、臣民のような何かが存在するということをアプリオリに認めない」
◯ 「国家と呼ばれる何かに関する統治のやり方の規則付けを可能にするようなある種のタイプの合理性」
◯ 「国家理性とはまさしく、・・・そうした一つの実践の合理化です」
◯ 「国家は、冷たい怪物ではなく、統治のある種のやり方の相関物です。」
● 新しい観念の生成というこの観点から統治の様々な歴史的変遷を跡付けることがこの講義の課題であり、近代国家のそれまでの国家との違いの解明も可能となります。

 

3.国家理性にもとづく統治術の特徴
 フーコーは近代社会における統治の特徴を国家理性に従う統治術と位置づけ、それ以前の統治との違いを発見し、記述していきます。
 「統治術の制限が、もはや十七世紀における法権利のような統治術にとって外在的な原理によってなされるのではなく、それに内在的な原理によってなされることになる、という変化です。」(同書、14頁)
 前近代社会の統治が法権利に従っていたのに対して、近代社会の統治は内在的な原理によってなされているという視点が重要です。そして次のようにその内在的な原理を政治経済学にもとめているのです。
 「統治理性の自己制限を可能にするその知的道具、計算のタイプ、合理性の形式、それは繰り返して言うなら、法権利ではありません。十八世紀の半ば以来のその知的道具とはいったい何でしょうか。それはもちろん、政治経済学です。」(同書、17頁)
 国家理性をつくりだす合理性の形式が政治経済学にもとづくとして、ではその役割はどのようなものでしょうか。フーコーは「政治経済学は、統治実践を、その起源の側においてではなく、その諸効果の側において考察します。」(同書、19頁)と述べ、政治経済学の役割について次のように語ります。
 「政治経済学が発見するもの、それは、統治性の行使以前の自然権ではありません。政治経済学が発見するのは、統治実践そのものに固有のある種の自然性です。統治行動の諸対象に固有の一つの自然本性があるということ。そうした統治行動そのものに固有の一つの自然本性があるということ。そして政治経済学が研究することになるのは、こうした自然本性です。」(同書、20頁)
 私は先に書いておいたように、80年代後半にフーコーを引用して、政治的権力と経済的権力の区別がなされていないと述べましたが、フーコーにあっては、経済的統治も統治術に含まれていると見ていいでしょう。政治経済学は経済的統治実践における自然本性の解明をめざしたとは言えるかもしれませんが、国家理性の形成に直結させることには異論があります。とまれフーコーの語るところをもう少し紹介していきましょう。
 「もし、統治性、その諸対象、その諸操作に固有の一つの自然本性があるとするなら、その結果、統治実践は、自らがなさねばならぬことをそうした自然本性を尊重することによってのみなしうるであろうということになります。」(同書、21頁)
 ここでの統治が経済的統治実践という意味ならあまり問題は感じません。そしてフーコーは、政治経済学は統治術に入り込んで真偽の判定をするようになることを、政治経済学がこの統治対象の自然的本性の解明に当たるということから跡付けているのです。
 「統治活動の一面がまるごと新たな真理の体制へと移行することであり、この真理の体制は、以前に統治術が提起しえたあらゆる問題の位置をずらすという根本的効果をもたらすことになります。」(同書、24頁)
 ここでフーコーが使っている「真理」という用語は、一般的な意味での真理ではなくて、その時代時代で真理とされている言説のことです。そして統治対象の自然本性を解明することを使命とする政治経済学という見方も、ある時代にはそれが真理の解明の手段とみなされていた、という意味で、「真理の体制」と言われているのでしょう。この新しく形成された真理の体制が国家理性として統治術の行使を規制することになるというのです。


要約
◯ 「統治術の制限が、もはや十七世紀における法権利のような統治術にとって外在的な原理によってなされるのではなく、それに内在的な原理によってなされることになる、という変化です。」
◯ 「統治理性の自己制限を可能にするその知的道具、・・・それはもちろん、政治経済学です。」
◯ 「政治経済学は、統治実践を、その起源の側においてではなく、その諸効果の側において考察します。」
◯ 「そうした統治行動そのものに固有の一つの自然本性があるということ。そして政治経済学が研究することになるのは、こうした自然本性です。」
◯ 「もし、統治性、その諸対象、その諸操作に固有の一つの自然本性があるとするなら、
その結果、統治実践は、自らがなさねばならぬことをそうした自然本性を尊重することによってのみなしうるであろうということになります。」
◯ 「統治活動の一面がまるごと新たな真理の体制へと移行することであり、この真理の体制は、以前に統治術が提起しえたあらゆる問題の位置をずらすという根本的効果をもたらすことになります。」
● ここでフーコーが使っている「真理」という用語は、一般的な意味での真理ではなくて、その時代時代で真理とされている言説のことです。そして統治対象の自然本性を解明することを使命とする政治経済学という見方も、ある時代にはそれが真理の解明の手段とみなされていた、という意味で、「真理の体制」と言われているのでしょう。

 

4.政治と経済、非対称的両極性
 このように、統治対象の自然的本性を解明する政治経済学という考え方が真理を構成し、真理の体制を作り出していくと見るフーコーは独自の政治論、経済論を展開します。
 「狂気、病、セクシュアリティ、そして私が今お話しているものに関するすべての企図に賭けられていること、それは、一連の実践と真理の体制との連結が、実際に現実のなかで存在していないものをしるしづけてそれを真と偽の分割に従わせるようなものとしての知と権力の装置をどのようにして形成するのかを示すことです。現実としては存在しないもの、真と偽の正当な体制に属するようなかたちでは存在しないものを、現実のなかでしるしづけて真と偽の正当な体制に従わせるという、この契機こそ、私が現在扱っている事柄において、政治と経済とから成る非対称的両極性の誕生をしるしづけるものです。政治と経済、これらは、存在する事柄でもなければ、錯誤でもなく、錯覚でもなく、イデオロギーでもありません。それは存在しない何かであるけれども、しかし、真と偽とを分割する真理の体制に属するものとして現実のなかに組み入れられている何かなのです。」(26頁)
 政治と経済から成る非対称的両極性という言葉でフーコーが意味したい事柄は、ある社会関係の内実でしょう。権力という社会関係が、政治と経済という非対称的な両極、を関係として持つということでしょうか。そして関係の両極をなす政治や経済がそれとして自律して存在することはなく、ある種の特定の関係のなかではじめて極性として把握しうるということでしょうか。これは、フーコーが政治や経済を観念において把握していることから来ているように思われます。権力関係という格子からすれば、政治も経済も観念として、真と偽とを分割する真理の体制に属するものとして、現実にはあると言いたいのでしょう。社会関係についてのフーコーの把握がここに端的に表明されています。政治も経済も、個物としては存在せず、それは権力関係の両極として現存している、と言おうとしているのです。

 

要約
◯ 「一連の実践と真理の体制との連結が、実際に現実のなかで存在していないものをしるしづけてそれを真と偽の分割に従わせるようなものとしての知と権力の装置をどのようにして形成するのかを示すことです。」
◯ 「政治と経済とから成る非対称的両極性の誕生・・・政治と経済、これらは、存在する事柄でもなければ、錯誤でもなく、錯覚でもなく、イデオロギーでもありません。それは存在しない何かであるけれども、しかし、真と偽とを分割する真理の体制に属するものとして現実のなかに組み入れられている何かなのです。」
● 社会関係についてのフーコーの把握がここに端的に表明されています。政治も経済も、個物としては存在せず、それは権力関係の両極として現存している、と言おうとしているのです。

 

5.市場の変容
さて、統治対象の自然本性という問題提起によってフーコーは何を想定しているのでしょうか。講義では読み上げられなかった草稿には自由主義の概念が簡潔に示されています。まずそれを確認しておきましょう。
 「この語(自由主義)を広い意味において理解しなければならない。
1.ただ単に外的な法権利によるのではないような統治の制限がなければならないという原理の承認。
2.自由主義とはまた、一つの実践でもある。統治の制限の原理を正確にはどこにみいだせはよいのか、そして、そうした制限の諸効果をどのように計算すればよいか。
3.自由主義、それは、より狭い意味では、統治行動の諸形態と諸領域を最大限に制限しようとする解決法である。
4.最後に、自由主義とは、統治実践の制限を規定するための取引方法の組織化である。
――憲法、国会
――世論、報道
――委員会、アンケート」(同書、27頁)
 この自由主義が批判した中世の市場について解明するところからフーコーは始めます。中世の市場は、「一言で言うなら、本質的に正義の場所で」(同書、38頁)あり、「市場の規制は、一方においては商品のできる限り公正な配分を目的とし、そして他方においては詐取の不在、違法行為の不在を、その目的としていました。」(同書、39頁)このような解明にもとづいて、フーコーは「いわば市場は、法陳述の場所だったのです。」(39頁)と語ります。ところが近代に入って登場した政治経済学は、市場を法陳述の場所から「市場が一つの真理のようなものを明らかに  すべきもととなる」(同書、40頁)場所へと変容させると見るのです。
 「市場は、それが交換を通じて生産、必要、供給、需要、価値、価格などを結びつける限りにおいて、真理陳述の場所を構成するということ。つまり市場は、政治実践を真であるとしたり偽であるとしたりする場所を構成するということです。」(同書、40頁)
 このような市場の変容を語る際にフーコーが強調する事柄は、先に示された政治と経済を非対称的両極として組み入れられた真理の体制という考え方の一層の展開です。
 「そうした法権利と真理との関係は、言説のなかに、つまり、法権利が定式化される場所であり真もしくは偽でありうるものが定式化される場所であるものとしての言説のなかに、その特権的な表明を見いだします。実際、真理陳述の体制とは、真理のある種の法則のことではありません。(そうではなくて)それは、一つの言説に関して、そこにおいて真ないし偽として特徴づけられうることになる言表とはいったいどのようなものであるかを定めることを可能にするような、諸規則の総体のことなのです。」(44頁)
 フーコーの独特の方法がここで述べられています。先に語られた真理の体制とは、一般的な真理の法則といったものではなくて、それが言語において真理だと表明することが可能になるような諸規則の総体だというのです。だから真理ではなくて真理陳述だということになります。
「私が皆さんに提案する批判、それは真理陳述、つまり繰り返し申し上げるなら、真であるとしたり偽であるとしたりするある種の諸規則に従った一つのタイプの定式化が、いかなる条件のもとで、そしていかなる効果を伴って行われるのかを明らかにしようとするものです。」(45頁)
 フーコーは真理とは何かという問題を一般的に取り上げるのではなくて、現実に真と偽という区別がどのように生成されてくるかという問題意識で真理の問題を捉えようとしています。この方法が理解されていないという感覚があるようで、くどいように繰り返しています。
 「問題は、狂気に関して――しかしこれは、非行に関しても性に関しても言えることでしょう――医学の諸規則、告解の諸規則、心理学の諸規則、精神医学の諸規則などに従って真もしくは偽でありうるような言説を語ることができるようにするためには、どのような諸条件が満たされなければならなかったのかを明らかにすることになるでしょう。」(同書、45頁)
 このような考え方は、ある時期に真理とみなされた陳述を位置づけなおす視点を提起しているように思われます。
 「現在において政治的に重要なこと、それは、ある時点に創設された真理陳述の体制がいったいどのようなものなのかを明らかにすることです。」(同書、46頁)
 このような観点からまず、ルソーについて次のように評価しています。
 「人権から出発し、主権の構成を経由して、統治性の境界画定に至ろうとするものです。おおざっぱに言ってこれが革命の道であると私は考えます。」(同書、49頁)
 ルソーが革命の道だったとすれば、功利主義が次のように判定されます。
 「もう一つの道は、法権利から出発するのではなく、統治実践そのものから出発しようとする道です。・・・・この道に従うならば、統治の権限の及ぶ範囲はいまや、統治にとって何を行い何を行わないことが有用であり無用であるかということから出発して規定されるようになるということです。」(同書、50頁)
 つまり、「功利主義、それは、統治のための一つのテクノロジーです。」(同書、51頁)という評価がそれです。このような評価軸は、後で見るようにマルクス主義に対しても行われます。それが念頭にあったのか、フーコーは突然弁証法への批判を始めます。

 

要約
◯ 自由主義の定義:「1.ただ単に外的な法権利によるのではないような統治の制限がなければならないという原理の承認。・・・2.自由主義とはまた、一つの実践でもある。・・・3.自由主義、それは、より狭い意味では、・・・解決法である。4.最後に、自由主義とは、統治実践の制限を規定するための取引方法の組織化である。・・・」
◯ 自由主義が批判した中世の市場:「一言で言うなら、本質的に正義の場所で・・・いわば市場は、法陳述の場所だったのです。」
◯ 近代に入って登場した政治経済学は、市場を法陳述の場所から「市場が一つの真理のようなものを明らかにすべきもととなる」(同書、40頁)場所へと変容させると見るのです。
◯ 「市場は、政治実践を真であるとしたり偽であるとしたりする場所を構成するということです。」
● 先に語られた真理の体制とは、一般的な真理の法則といったものではなくて、それが言語において真理だと表明することが可能になるような諸規則の総体だというのです。だから真理ではなくて真理陳述だということになります。
◯ 「現在において政治的に重要なこと、それは、ある時点に創設された真理陳述の体制がいったいどのようなものなのかを明らかにすることです。」
● ルソーは革命の道「人権から出発し、主権の構成を経由して、統治性の境界画定に至ろうとする」他方功利主義「功利主義、それは、統治のための一つのテクノロジーです。」
マルクス主義の位置は?

 

6.弁証法の理論と戦略の理論
 フーコーは弁証法を批判し、それに代えて戦略の理論を提起しています。まず弁証法を次のように規定しています。
 「弁証法的論理、それは、互いに矛盾する諸項を等質的なものの領界において作用させるような論理です。」(同書、53頁)
 フーコーはここで外的対立を問題にしています。弁証法は内的矛盾の論理ですが、フーコーは外的対立には弁証法は向いていないと見ているのです。他方、外的対立にはフーコーが次に語る戦略の理論が妥当するでしょう。
 「戦略の論理は、不調和な諸項、不調和にとどまるような諸項の間に、いかなる結合が可能であるかを明確に示すことをその役割とします。戦略の論理、それは、異質なものの結合の論理であり、矛盾するものの等質化の論理ではないのです。」(53頁)
 弁証法が内的矛盾の論理であるということの意味は、例えば経済的な資本・賃労働関係が資本の内的矛盾であり、この資本関係には弁証法の論理が見られますが、他方、資本家階級と労働者階級の政治的対立となると、それは外的対立となり、そこには弁証法の論理は働いてはいません。この政治的対立においては、フーコーがここで述べている戦略の論理を見いだすことは可能でしょう。
 「いったいどのような結合において、人権の根本的公理系と被統治者の独立に関する功利的計算とが共に維持され、互いに結び付けられることができたのかを見ていくことにしましょう。」(53頁)
 矛盾とは何でも弁証法だと思われがちですが、外的対立における矛盾を弁証法的論理からではなく、戦略の論理で解明しようとし、異質なものの同等化ではなく、その結びつき方を見るという視点は検討に値します。

 

要約
◯ 「弁証法的論理、それは、互いに矛盾する諸項を等質的なものの領界において作用させるような論理です。」
● 確かに「対立物の統一」というかぎりはそうだが「反照の弁証法」はそうではない。
◯ 「戦略の論理は、不調和な諸項、不調和にとどまるような諸項の間に、いかなる結合が可能であるかを明確に示すことをその役割とします。戦略の論理、それは、異質なものの結合の論理であり、矛盾するものの等質化の論理ではないのです。」
● この考え方は、両極の関係を考察することであり、ヘーゲルが本質論で展開している反照の弁証法で、マルクスはこれを利用して転倒し、価値形態を分析した。価値形態とは価値と使用価値という異質なものが形成する関係の分析である。
◯ 「いったいどのような結合において、人権の根本的公理系と被統治者の独立に関する功利的計算とが共に維持され、互いに結び付けられることができたのかを見ていくことにしましょう。」
● フーコーは対立物の統一という(大論理学で言えば有論の領域)ことだけを弁証法と見なしてこれを退け、両極の関係を分析する反照の弁証法にそれと知らずに挑戦した。

 

7.自由主義と市場
 こうしてフーコーは、二つの異質なシステムである革命の公理系、公法と人権からなるシステムと、他方の統治の必要な制限から出発して被統治者の独立範囲を規定する経験的で功利的な道との間にある戦略の論理を解明して行きます。その際に彼が注目するのは利害関心です。
 「利害関心こそが交換の原理であり、利害関心こそが有用性の基準であるからです。・・・・統治、いずれにしてもそうした新たな統治理性における統治は、複数の利害関心を取り扱うものです。」(同書、55頁)
 このように利害関心を位置づけられると、交換を使用価値視点からしか見ていないという限界を感じてしまいますが、そのままフーコーの展開を見ていきましょう。
 「利害関心とは結局のところ、それを通じて統治が、個人、行為、言葉、資源、所有物、法権利などのすべてに影響力を行使することのできるようなものであるということです。」(同書、56頁)
 フーコーは交換の原理を利害関心と見ることで、交換が生産の一結節点であることの理解を見失っているようです。交換過程における商品が使用価値であると同時に価値の担い手であり、交換過程は資本にとっては価値増殖の実現の場であるという本質的な事態が見失われています。だから資本の生産過程はフーコーのまなざしの外に、ブラックボックスに入れられています。このような資本の生産過程の無視の上での統治術の研究は、中世と近代の次のような対比によく現れています。フーコーは中世の領主は事物に対する支配を、所有者としての資格においてなしとげたが近代はそうではないといって次のように語ります。
 「以後、統治はもはや、事物や人々に介入する必要がなくなり、それらに対して直接的に影響力を行使しなくなります。統治が影響力を行使し、介入が法権利と理性において正当化され、基礎づけられるのは、ただ、利害関心、複数の利害関心、複数の利害関心の作用が、しかじかの個人、しかじかの事物、しかじかの財、しかじかの富、しかじかのプロセスを、個々人にとって、あるいは個々人の総体などにとって、あるいは万人の利害関心の対立したしかじかの個人の利害関心にとって、ある種の利害関心を備えるものとする場合のみです。統治は、利害関心にのみ関心を払うということ。」(56頁)
 最初に引用しておいた「権力諸関係を経済的な下部構造の中でまで捉え直すこと」という問題意識はフーコーの意図に関わらず、下部構造に交換しか見ず、資本の生産過程を見ないことで、実現されてはいません。中世の領主に比較すべきは資本家であるはずですが、そのような観点は見出せないのです。中世の領主は領土を所有(正しくは上位占有)することで支配したと言っていますが、現在の領主である資本家は、生産手段の所有によって労働者を支配しているのです。このことが視野の外にあるフーコーは、利害関心を統治の条件であり対象とみなしてしまいます。
 「統治は今や、利害関心の現象的共和国と呼びうるようなものに対して行使されることになります。・・・・・自由主義の根本的な問い、それは、交換こそが事物の真の価値を決定するような一つの社会において、統治および統治のあらゆる行動の有用性の価値とはいったいどのようなものなのか、という問いです。」(同書、58頁)
 ところで「利害関心こそが交換の原理であり」という言説が、フーコー自身の見解ではなくて、自由主義者の真理陳述の紹介と見ることもできないことはありません。自由主義者がそのような真理陳述にもとづいて統治をしているということの解明です。もしそうであるとしてもこの真理陳述への批判が見られないところが気になります。もちろんフーコーは「その問いの定式化(自由主義者の真理陳述)から実際に逃れることができるのかどうかを知ることです。」という問題意識をもってはいます。しかし、あまりにも自由主義者の真理陳述を真に受けてしまっていることで、批判の観点が消失しているように思われるのです。

 

要約
◯ 両極をつなぐ原理:「利害関心こそが交換の原理であり、利害関心こそが有用性の基準であるからです。・・・・統治、いずれにしてもそうした新たな統治理性における統治は、複数の利害関心を取り扱うものです。」
● フーコーは交換の原理を利害関心と見ることで、交換が生産の一結節点であることの理解を見失っているようです。交換過程における商品が使用価値であると同時に価値の担い手であり、交換過程は資本にとっては価値増殖の実現の場であるという本質的な事態が見失われています。だから資本の生産過程はフーコーのまなざしの外に、ブラックボックスに入れられています。
◯ 「統治は、利害関心にのみ関心を払うということ。」
● 最初に引用しておいた「権力諸関係を経済的な下部構造の中でまで捉え直すこと」という問題意識はフーコーの意図に関わらず、下部構造に交換しか見ず、資本の生産過程を見ないことで、実現されてはいません。中世の領主に比較すべきは資本家であるはずですが、そのような観点は見出せないのです。中世の領主は領土を所有(正しくは上位占有)することで支配したと言っていますが、現在の領主である資本家は、生産手段の所有によって労働者を支配しているのです。このことが視野の外にあるフーコーは、利害関心を統治の条件であり対象とみなしてしまいます。
◯ 「統治は今や、利害関心の現象的共和国と呼びうるようなものに対して行使されることになります。・・・・・自由主義の根本的な問い、それは、交換こそが事物の真の価値を決定するような一つの社会において、統治および統治のあらゆる行動の有用性の価値とはいったいどのようなものなのか、という問いです。」
● もちろんフーコーは「その問いの定式化(自由主義者の真理陳述)から実際に逃れることができるのかどうかを知ることです。」という問題意識をもってはいます。しかし、あまりにも自由主義者の真理陳述を真に受けてしまっていることで、批判の観点が消失しているように思われるのです。

 

8.伝統的国家論への不信、社会主義における統治論の不在の指摘
 フーコーの権力論の特徴は、最初に『ミシュエル・フーコー』(新評論)から引用した二箇所で明らかですが、この講義では国家論に対する批判が見られます。「私は国家の理論なしで済ませます。」(同書、93頁)と挑発的に発言したフーコーは次のように語ります。
 「もし『国家の理論をなしで済ます』と語ることが、国家の本性、構造、および諸機能を、それ自体としてそしてそれ自体のために分析することから始めないようにするということを意味するのだとしたら。もし、国家の理論をなしで済ますことが、一種の政治的普遍としての国家がどのようなものであるかということから出発しつつそこから次第に拡張して、我々の社会のような一つの社会における狂人、病者、子供、非行者などの地位がどのようなものでありえたかを演繹しないようにする、ということを意味するのだとしたら。」(同書、93頁)
 つまり、フーコーが国家の理論をなしで済ます、といったことの意味は「実践の総体を、それ自体におけるそしてそれ自体にとっての国家の本質であるようなものから演繹することなど、問題外です。」(同書、94頁)ということでした。左翼の国家論はこの手のものが多く、そしてその成果は決してはかばかしいものではありませんでした。そしてフーコーは国家について次のように語っています。
 「国家は本質を持っていないということです。国家は普遍的なものではありません。国家はそれ自体、権力の自立的な源泉ではありません。国家、それは、不断の国家化ないし不断の数々の国家化によってもたらされる効果であり、その外形であり、その動的な切り抜きに他なりません。国家とは、財源、投資の様式、決定の中心、管理の形態とタイプ、地方権力や中央官庁の間の関係といったものを、変容させたり、ずらしたり、混乱させたり、ひそかに滑り込ませたりするような、絶え間のない取引によって生じる効果であるということ。」(94頁)
 このようにフーコーは国家についてのある種の真理陳述への批判を展開しています。国家についてこのような陳述ができるのなら、市場原理についての自由主義者の陳述に対してもここでの陳述のような言説が可能だったのではないでしょうか。それはともかく、国家、権力論について、その解明の方法が語られます。
 「問題は、国家からその秘密を引き出すことではなく、外部へと移動し、統治性の問題から出発して国家の問題に問いかけること、国家の問題の調査を行うことなのです。」(同書、94頁)
 「まず法と秩序の問題、次に市民社会との対立における国家の問題、というよりもむしろそうした対立が作用し作用させられたやり方についての分析を、順に研究することです。そしてそれから最後に、うまくすれば生政治の問題と生の問題に到達することになるでしょう。法と秩序、国家と市民社会、生の政治。これら三つのテーマを、私は、自由主義の広く長い歴史、その二〇〇年の歴史のなかに標定してみたいと考えているのです。」(同書、95頁)
 国家に対する分析方法についてのフーコーの考えは正しいのではないでしょうか。しかし、市場についての自由主義者の真理陳述への批判がなされないこところでは、分析方法は正しくとも成果の出来具合については納得できないかもしれません。とはいえ、マルクス主義とソ連社会主義の限界についての次の指摘は重要です。
 「結局、マスクスに国家の理論があるか否かということは、繰り返し申し上げるなら、マルクス主義者たちが決めることです。しかし私としては、社会主義に欠けているのは、国家の理論よりもむしろ統治理性である、と言いたいと思います。統治の合理性、すなわち統治行為の様式と目標の拡がりを理性的で計算可能なやり方で測るための尺度が、社会主義においては定義されていないということです。」(110頁)
 社会主義の理論に統治論がないということは、私自身武装闘争の中で実感したことでした。ソ連や中国でプロレタリア独裁を実現しても、その統治の基準は何も明らかではなかったのです。ですから今日の段階でも、社会主義の統治性を論じることには意義があります。
 「つまり私が言いたいのは、社会主義はいずれにしても一つの統治性に接続されているということです。社会主義は、こちらではある統治性に接続され、あちらでは別の統治性に接続されて、それが正常な分枝となるか異常な分枝となるかに応じてこちらとあちらで似ても似つかない成果をもたらしたり、同じ有毒な効果をもたらしたりするのです。・・・・社会主義には統治の内在的な合理性が欠けているからです。」(同書、112頁)
 フーコーのこの提起は、社会主義を過渡期のプロレタリアート独裁期と捉えれば、過渡期の経済システムの問題の解明という課題に突き当たります。それが単なる協同組合の連合ではなく、株式会社と協同組合の並存ということであれば、社会主義の統治性を規制する内容が変わってくるでしょう。
 「実のところ社会主義にとって必要なのは、自らの振る舞い方や自らの統治のやり方を決定することであると思われます。・・・・・(その際必要な問い)社会主義を機能させ、その内部においてのみ社会主義が機能できるような、必然的に外在的な統治性とはいったいいかなるものであるのか、と。・・・社会主義にふさわしい統治性はいかなるものになりうるだろうか。社会主義にふさわしい統治性はあるのだろうか。厳密に、内在的に、自律的に社会主義的でありうるのは、いかなる統治性であろうか。いずれにせよ、実際に社会主義的な統治性があるにしても、それは社会主義およびそのテクストの内部に隠されているのではないということだけは心得ておきましょう。そのような統治性を社会主義から演繹することはできません。それは発明されなければならないのです。」(同書、113頁)
 この主張はまだソ連が崩壊する前のものです。そしてソ連崩壊後、ますますこの問題の重要性が浮かび上がってきています。次に節を改めて、フーコーの造語「統治性」について、前年の講義『安全・領土・人口』(筑摩書房、2007年)から見ておきましょう。その際の視点は、社会主義の統治性とは、という問です。

 

要約
◯ 「私は国家の理論なしで済ませます。」
◯ 「国家、それは、不断の国家化ないし不断の数々の国家化によってもたらされる効果であり、その外形であり、その動的な切り抜きに他なりません。」
◯ 「問題は、国家からその秘密を引き出すことではなく、外部へと移動し、統治性の問題から出発して国家の問題に問いかけること、国家の問題の調査を行うことなのです。」
● 国家に対する分析方法についてのフーコーの考えは正しいのではないでしょうか。しかし、市場についての自由主義者の真理陳述への批判がなされないこところでは、分析方法は正しくとも成果の出来具合については納得できないかもしれません。とはいえ、マルクス主義とソ連社会主義の限界についての次の指摘は重要です。
◯ 「社会主義に欠けているのは、国家の理論よりもむしろ統治理性である、と言いたいと思います。統治の合理性、すなわち統治行為の様式と目標の拡がりを理性的で計算可能なやり方で測るための尺度が、社会主義においては定義されていないということです。」
● 社会主義の理論に統治論がないということは、私自身武装闘争の中で実感したことでした。ソ連や中国でプロレタリア独裁を実現しても、その統治の基準は何も明らかではなかったのです。ですから今日の段階でも、社会主義の統治性を論じることには意義があります。
◯ 「実のところ社会主義にとって必要なのは、自らの振る舞い方や自らの統治のやり方を決定することであると思われます。・・・・・(その際必要な問い)社会主義を機能させ、その内部においてのみ社会主義が機能できるような、必然的に外在的な統治性とはいったいいかなるものであるのか、と。・・・社会主義にふさわしい統治性はいかなるものになりうるだろうか。社会主義にふさわしい統治性はあるのだろうか。厳密に、内在的に、自律的に社会主義的でありうるのは、いかなる統治性であろうか。・・・それは発明されなければならないのです。」
● この主張はまだソ連が崩壊する前のものです。そしてソ連崩壊後、ますますこの問題の重要性が浮かび上がってきています。

 

9.統治性論の射程
 フーコーは、「安全・領土・人口」と題する1977~8年の講義で、1978年2月1日に「統治性」という言葉を造語しました。まず、フーコーの語るところを聞きましょう。
 「さらに一言だけ付け加えたいと思います。私は今年度の講義の題に『安全・領土・人口』を選んだわけですが、つまることころ、今、私が本当にやりたいのは、何か『統治性』の歴史とでも呼ぶようなものでしょう。この『統治性』という単語で私が言わんとするのは三つのことです。第一に『統治性』とは、人口を主要な標的とし、政治経済学を知の主要な形式とし、安全装置を本質的な技術的道具とするあの特有の(とはいえ非常に複雑な)権力の形式を行使することを可能にする諸制度・手続き・分析・計算・戦術、これらからなる全体のことです。第二に『統治性』とは西洋において相当に前から、『統治』と呼ばれるタイプの権力を主権や規律といった他のあらゆるタイプの権力よりたえず優位に操導してきている傾向、力線のことです。これは一方では、統治に特有のさまざまな装置を発展させ、〔他方では〕さまざまな知をも発展させたものです。そして最後に第三に、『統治性』とは、中世における司法国家(15-16世紀に行政国家となったもの)が徐々に『統治性化』されたプロセス(というかプロセスの結果)を指すものでなければならないと思います。」(『安全・領土・人口』、132~3頁)
 フーコーは、例によって統治という用語の使われ方、意味の変遷をたどります。元々それは政治とは無縁な用語でした。フーコーによれば18世紀になって統治が政治的な統治としての意味を獲得したのです。このような統治性という視点からの近代国家と社会の歴史的分析がこの年の講義のテーマでした。人口、政治経済学、安全装置、という三つの柱を立てた権力がどのように形成され、その特徴は何なのか、これが解明されるべき課題でした。
 「西洋における権力の大いなる諸形式・諸エコノミーを次のように復元することができるかもしれません。つまり、最初に司法国家があります。これは封建的なタイプの領土性において誕生し、大まかにいって法――習慣法と成文法――からなる社会に対応する。これにはあらゆる関与や係争のゲームが付帯している。第二は行政国家です。これは国境を旨とするタイプの領土性から誕生した、もはや封建的ではない15-16世紀の国家である。この行政国家は、統制と規律とからなる社会に対応する。そして最後が統治国家です。これはもはや本質的には領土性によっても、占拠している地表によっても定義されない。これを定義するのは群集です。人口からなるこの群集には量感・濃度があり、これはもちろん彼らが拡がっている領土も付帯しているが、この領土はいわば一構成要素にすぎない。本質的には人口に関わり、経済的な知の道具立てを参照・利用するこの統治国家は、安全装置によって制御されている社会に対応する。」(同書、134頁)
 フーコーは講義のための仮説をこのように提起しています。古代ローマ帝国崩壊後成立した西洋の封建国家を司法国家と特徴づけ、そしてその後の、15-16世紀の国家を行政国家と規定し、その上で、18世紀以降の国家を統治国家と規定しているのです。このような仮説をどのような観点から実証するかについて、フーコーは次のように語ります。
 「これから、この統治性がそのように誕生したのかを示してみたいと思います。それが、〔第一に〕キリスト教的司牧制という古風なモデルを出発点としてどのように誕生したかを示し、第二に外交的・軍事的なモデル(というか技術)に依拠してどのように誕生したかを示し、最後に第三に、この統治性がこのような次元を獲得できたのはただ、非常に特殊な一連の道具があってのことだということを示したいと思います。その一連の道具はまさに統治術と同時代に形成されたものです。これは17世紀・18世紀の古い意味で『内政』と呼ばれるものです。司牧制、新しい外交的・軍事的技術、そして最後に内政。この三つの大いなる支点を出発点とすることで、西洋の歴史において根本的な、国家の統治性化というあの現象が起こりえたのだと思います。」(同書、134~5頁)
 今回フーコーの実証過程を全面的に紹介できませんが、有益な知識はキリスト教会の果たした役割の特異性と、西洋文明に対する次のような特徴づけです。
 「ギリシャ-ローマの思考とは完璧に異質な(ともあれ非常に異質な)司牧的権力というこの考え方が西洋世界に導入されたのはキリスト教会を中継ぎにしてだったということです。司牧的権力に関するこれらのテーマすべてを明確なメカニズムへ、定まった制度へと凝縮させたのはキリスト教会であり特有的かつ自律的な司牧的権力を現実に組織したのはキリスト教会であり、ローマ帝国の内部にその装置を植えつけ、あるタイプの権力をローマ帝国の核心において組織したのはキリスト教会なのです。そのタイプの権力は、他のいかなる文明にも見られないと思います。これこそがともかくも逆説なので、この逆説にこの先の数回の講義では足を止めたいと思います。その逆説とは次のとおりです。あらゆる文明のなかにあって、キリスト教西洋の文明はおそらく最も創造的であるとともに、最も征服心が強く、最も暴力を繰り拡げ〔た〕文明の一つではある。しかしまた同時に――これが私のこだわりたい逆説なのですが――西洋の人間は何千年ものあいだ、ギリシャ人であれば恐らく一人として認めようとなしなかったことを学んできた。西洋の人間は何千年ものあいだ、自分のためにわが身を犠牲にしてくれる牧者に救済を求めるということを学んできたのです。西洋におけるもっとも奇妙な、また最も特徴的な権力の形式、最も大きく最も持続性のある財産へも導かれるにちがいないとされるこの権力の形式、これは草原で誕生したのでも都市で誕生したのでもありません。これは自然のままの人間の側で誕生したのでも、最初の帝国の側で誕生したのでもない。西洋にかくも特徴的なこの権力形式、諸文明の歴史においてかくも独自な(と私は思うのですが)この権力形式は牧羊の側、牧羊と見なされた政治の側で誕生した(あるいは少なくともそれをモデルとした)のです。」(同書、160~1頁)
 キリスト教に無縁な私には理解しがたいところがありますが、フーコーのこのような統治性研究の視点から、日本の権力分析を歴史的に試みる必要性を感じます。日本では「自分のためにわが身を犠牲にしてくれる牧者に救済を求める」という考え方はなく、逆に天皇に「わが身を犠牲にする」ことが問われたからです。非国民というレッテル張りが再び横行しそうな今日の政治状況のなかで、日本的統治性の歴史的根源の解明は緊急の課題ではないでしょうか。
 フーコーは講義で司牧的権力の歴史的分析を展開していますが、結論部分の幾つかの興味ある視点を次に紹介しておきましょう。ひとつは市民社会論です。フーコーは四点の特徴を挙げています。
 「人間たちに共通の実存に特有の自然性である社会、これこそ経済学者たちがつまるところ領域として、対象領域として、可能な分析領域として、知と介入の領域として出現させようとしていたものです。人間に固有の自然性に特有な領域としての社会、これこそが市民社会と呼ばれることになるものを国家に対して出現させることになる当のものです。市民社会とは、単に国家の産物・結果として考えることのできないこの何か以外の何だというのでしょうか?しかし、市民社会は人間の自然的実存としてある何ものかだというのでもありません。市民社会とは、統治思想(18世紀に誕生した新たな形の統治性)が国家の必要な相関物として出現させたものなのです。国家は何に従事すべきか?国家は何にたずさわるべきか?国家は何を認識すべきか?国家は何を統制すべきとは言わずとも、少なくとも調整すべきか?国家は何の自然的調整を尊重すべきか?その対象はいわば原始的な自然の調整でも、主権意志に際限なく服従しその要求に屈する一連の臣民でもない。国家が引き受けるのは社会、市民社会であって、この市民社会の管理こそ国家が確保すべきとされるものです。臣民の集合にのみ関わり続ける国家理性や内政的合理性に比べると、ここにはもちろん根本的な変異があります。これが強調したかった第一点です。
 第二点は、この新たな統治性において、またこの社会的自然性という新たな地平と相関して、一つの認識のテーマが登場するということです。その認識は、統治に特有の認識だと言ってしまうと正確ではありません。じじつ、経済学者たちが問題にしていたあの自然的現象とともに問題となっているものは何か?それは、いかなる科学的認識とも同じタイプの認識手法によって認識されうるプロセスです。科学的合理性の要求は重商主義者たちによってはまったく立てられなかったものですが、それが18世紀の経済学者たちによって立てられたのです。」(同書、432~3頁)
 以上で述べられた二つの論点は、一つは市民社会とは統治思想が国家の必要な相関物として出現させたものという認識であり、もう一つは、社会的自然性の探求における科学的合理性の追求です。市民社会を国家との相関物と見るこの発想は面白い。土台と上部構造といった伝統的なマルクス主義の発想を越える視点がここにあります。ただ、社会的自然性の認識に関しては、18世紀のブルジョア経済学者の認識を一つの真理陳述と見るせいか、無批判的追随が気になります。
 「この新たな統治性において重要な第三点はもちろん、人口問題が新たな形で出現したということです。・・・・
 統治性の大いなる変容の第四は次のとおりです。つまり、人口に関する事実や経済的プロセスが自然的プロセスに実際に従っているとすると、それは何を意味するのか?それが意味するのはもちろん、そこに指令・命令・禁止といった統制システムを課そうと試みることはいかなる正当化もできないのみならず、単にいかなる利もないということです。国家の役割は――したがってまた、これ以降国家に対して命ぜられる形式の統治性は――、この自然的プロセスを尊重することを(ともかくそれを考慮に入れ、働かせ、弄ぶことを)根本原則とするようになる。」(同書、434~5頁)
 統治性に関して、人口についての二つの特徴づけは、指令・命令・禁止といった統制システムに代わる自然的プロセスを考慮にいれた統治性の原則の成立ということです。このような特徴づけをしたあと、自由について次のように語ります。
 「そこから最後に生じてくるのが自由の書き込みです。それは単に、主権者ないし統治の権力・簒奪・濫用に対して個人がもつ正当な権利としての自由のことではなく、統治性自体に不可欠な一要素となった自由のことです。今や、自由(ないし自由のいくつかの形式)が実際に尊重されていなければきちんと統治することはできないのです。自由を尊重しないということは、法に対して権利の濫用を行使するというだけでなく、とりわけしかるべく統治できないということでもある。自由(また自由に固有な限界)を統治実践の領域内部に統合することが、今や命令になったのです。」(同書、436頁)
 自由についてのこのような把握については異論がありますが、それについては、翌年の講義『生政治の誕生』の後半部分での自由主義についての研究(人的資本論を含む)の紹介の時に論じることにしましょう。このような自由論からすれば、政治的自由を否定したソ連社会主義とはいったいどのような統治性だったのでしょうか。ソ連社会主義における統治性の研究という課題がここから生まれます。

 

要約
◯ 「今、私が本当にやりたいのは、何か『統治性』の歴史とでも呼ぶようなものでしょう。」
◯ 統治性の三つのポイント
◯ 「これから、この統治性がそのように誕生したのかを示してみたいと思います。それが、〔第一に〕キリスト教的司牧制という古風なモデルを出発点としてどのように誕生したかを示し、第二に外交的・軍事的なモデル(というか技術)に依拠してどのように誕生したかを示し、最後に第三に、この統治性がこのような次元を獲得できたのはただ、非常に特殊な一連の道具があってのことだということを示したいと思います。」
◯ 「ギリシャ-ローマの思考とは完璧に異質な(ともあれ非常に異質な)司牧的権力というこの考え方が西洋世界に導入されたのはキリスト教会を中継ぎにしてだったということです。司牧的権力に関するこれらのテーマすべてを明確なメカニズムへ、定まった制度へと凝縮させたのはキリスト教会であり特有的かつ自律的な司牧的権力を現実に組織したのはキリスト教会であり、ローマ帝国の内部にその装置を植えつけ、あるタイプの権力をローマ帝国の核心において組織したのはキリスト教会なのです。」
● キリスト教に無縁な私には理解しがたいところがありますが、フーコーのこのような統治性研究の視点から、日本の権力分析を歴史的に試みる必要性を感じます。日本では「自分のためにわが身を犠牲にしてくれる牧者に救済を求める」という考え方はなく、逆に天皇に「わが身を犠牲にする」ことが問われたからです。非国民というレッテル張りが再び横行しそうな今日の政治状況のなかで、日本的統治性の歴史的根源の解明は緊急の課題ではないでしょうか。
◯ 「市民社会とは、統治思想(18世紀に誕生した新たな形の統治性)が国家の必要な相関物として出現させたものなのです。国家は何に従事すべきか?国家は何にたずさわるべきか?国家は何を認識すべきか?国家は何を統制すべきとは言わずとも、少なくとも調整すべきか?国家は何の自然的調整を尊重すべきか?その対象はいわば原始的な自然の調整でも、主権意志に際限なく服従しその要求に屈する一連の臣民でもない。国家が引き受けるのは社会、市民社会であって、この市民社会の管理こそ国家が確保すべきとされるものです。臣民の集合にのみ関わり続ける国家理性や内政的合理性に比べると、ここにはもちろん根本的な変異があります。これが強調したかった第一点です。」
◯ 「第二点は、この新たな統治性において、またこの社会的自然性という新たな地平と相関して、一つの認識のテーマが登場するということです。その認識は、統治に特有の認識だと言ってしまうと正確ではありません。じじつ、経済学者たちが問題にしていたあの自然的現象とともに問題となっているものは何か?それは、いかなる科学的認識とも同じタイプの認識手法によって認識されうるプロセスです。科学的合理性の要求は重商主義者たちによってはまったく立てられなかったものですが、それが18世紀の経済学者たちによって立てられたのです。」
● 以上で述べられた二つの論点は、一つは市民社会とは統治思想が国家の必要な相関物として出現させたものという認識であり、もう一つは、社会的自然性の探求における科学的合理性の追求です。市民社会を国家との相関物と見るこの発想は面白い。土台と上部構造といった伝統的なマルクス主義の発想を越える視点がここにあります。ただ、社会的自然性の認識に関しては、18世紀のブルジョア経済学者の認識を一つの真理陳述と見るせいか、無批判的追随が気になります。
◯ 「そこから最後に生じてくるのが自由の書き込みです。それは単に、主権者ないし統治の権力・簒奪・濫用に対して個人がもつ正当な権利としての自由のことではなく、統治性自体に不可欠な一要素となった自由のことです。」