縮小社会研究会/母なる地球を守ろう研究所連続セミナー 労働者協同組合学習会
   第1回 資本に対抗する下からのグレート・リセット構想  報告者 境 毅(生活クラブ京都エル・コープ)

 

自己紹介

 私は、1988年から、京都市で生協設立準備にかかわり、生協設立後は非常勤理事として生協にかかわりながら、時間的に余裕があったため、新規就農者への聞き取りを行ってそれを書籍にまとめたり、1998年からは、引きこもりの若者たちを支援するNPOにかかわって、その事業で生まれた働く場をワーカーズ・コレクティブとして運営していくことを追求してきました。そしてその延長には障害福祉サービス事業を立ち上げたりもしてきました。

 そのほかには、NPOや労働組合や社会的企業を横つなぎして社会的経済を発展させる、というミッションで立ち上げられた共生型経済推進フォ ーラムに参加し、2009年の政権交代時には、社会的企業の法制化を求めて政策提言にも取り組みました。

 報告を求められて私自身の活動を振り返ることになり、実践的な必要に迫られて書いてきた文書類を抜粋して報告のレジュメを用意しているときに、コロナ禍のなかで、ショックドクトリンに従って、資本が進めようとしているグレート・リセット構想にたいして、これに対抗する下からのグレート・リセット構想が問われていることが判明し、その構想を縮小社会研究会の活動を土台に作りだすことが必要だと認識するようになりました。

 私の本日の報告は、今現在の世界の動きと、それをより良い方向へと転換させていくにはどうすればいいかという観点から作成されています。なじみのない事柄も出てくるかと思いますが、考える素材として役だててくだされば幸いです。

 

◯ 長い文章なので目次を付けました。また若干補足しています。

 

目次

序論

1.ミニュシパリズム研究会を振り返って

2.テレストリアルからのグレート・リセット構想 あらすじ

3.文化知普及協会の動画

第1章 コロナ禍で進む資本によるグレート・リセット(1.~5.は重複部分です)

1.第四次産業革命とは

2.グレート・リセットとは

3.ダボス会議とは

4.ショック・ドクトリンとは

5.テレストリアルからのグレート・リセットの可能性

6.第四次産業革命で実現される技術

7.人の身体と生活環境をターゲットにした各シフトの中身

付:(内閣府のムーンショット目標)

8.これらの技術は人体実験で、遺伝子組み換え食品が先行した

9.人々の考え方のグレート・リセット

第2章 宇井純の公害原論

1.宇井純の原則(『公害原論Ⅲ』216~226頁)

2.公害という概念でいいのか

第3章 ベックのリスク論

1.『変態する世界』での問題提起

2.ベッグのリスク社会原論

第4章 ベッグのサブ政治論

1.サブ政治とは

第5章 サブ政治に対する対抗運動

1.遺伝子組み換え食品とは

2.反対し表示を求める運動

3.2010年の時点では

4.今日の時点から

 

序論

 

1.ミニュシパリズム研究会を振り返って

 

 2月14日に行われた縮小社会第50回研究会のテーマはヨーロッパで展開されているミュニシパリズムについて、伊藤公雄さんから報告を受けました。そのお話を前提にして、私は、この政治運動の根っこにある社会運動について報告します。ヨーロッパでは労働者協同組合もその根っこの一つとして社会的連帯経済を支える社会的企業として活動しています。日本でも今回の法制化以前から、雇われるのではない、新しい働き方としての働く人の協同組合はたくさんあり、それは様々な法人格を持って活動してきました。

 第1回のセミナーでは、下(テレストリアル)からのグレート・リセット構想について、それを可能とする理論的な問題提起についてまとめて紹介します。

 第2回目では、そもそも運動の土台となっている協同組合論について報告します。

 第3回目は、現実の根っこである社会的連帯経済の現状について紹介します。

 第4回目は、昨年制定された労働者協同組合法について解説を試みます。

 

2.テレストリアルからのグレート・リセット構想 あらすじ

 

 コロナ禍は、資本家側にとっては、グレート・リセットのチャンスです。ナオミ・クラインが警告したショック・ドクトリンが目の当たりに進行しています。資本家側のグレート・リセットは、国連のSDGsも内包した形での第四次産業革命で、従来の生産様式の根底からの変革がめざされています。それによる新たな需要の喚起と資本蓄積の新たな段階を構想しているのです。

 テレストリアルとは、ラトゥールが、名著『地球に降り立つ』で提案したもので、資本に対抗する土に根差した人々、および非人間(動植物といった生物だけではなく岩石や土壌なども含むもの)で人間の生存基盤のことです。このテレストリアルからのグレート・リセットをだれでも取り組める社会運動の旗印として、新しい運動の構想を描き出します。第1回目は人びとによる下からのグレート・リセットを実現するための理論的よりどころを紹介します。

 

3.文化知普及協会の動画

 

 私は1月31日に、文化知普及協会のウエブセミナーで「テレストリアルからのグレート・リセット」というタイトルで報告し、ユーチューブに配信しています。目次は次です。本日の報告も重複しているところは簡単に済ませます。それで特にラトゥールの紹介に興味のある方は、動画の方をご覧ください。

1.コロナ禍で進む資本によるグレート・リセット

2.ショック・ドクトリンとは

3.テレストリアルからのグレート・リセットの可能性

4.今なぜラトゥール

5.テレストリアルの発見

6.エコロジー運動や左派の運動の限界

7.新しい政治の原理

8.テレストリアルからのグレート・リセット構想

 動画へのアクセスは次です。

 https://www.youtube.com/watch?v=b7qNT2FCrns&t=18s

 

第1章 コロナ禍で進む資本によるグレート・リセット(1.~5.は重複部分です)

 

1. 第四次産業革命とは

 

 第四次産業革命とは、ダボス会議議長クラウス・シュワブの一連の著作がわかりやすいです。

『第四次産業革命』(日本経済新聞出版社、2017年)

『第四次産業革命を生き抜く』(日本経済新聞社、2019年)

『グレート・リセット』(日経BPマーケティング、2020年10月)

 

 シュワブの、第四次産業革命について、彼の説明を簡単に紹介しておきましょう。

 第一次産業革命は、1760年~1840年で、蒸気機関の発明とそれを使用した鉄道網の建設でした。

 第二次産業革命は、19世紀後半から20世紀初頭で、電気と工場での流れ作業による大量生産の時代です。

 第三次産業革命とは、1960年から20世紀末までで、コンピュータ革命、デジタル革命の進行でした。

 そして、第四次産業革命とは、デジタル経済の上にモバイル(スマホ)革命、AI、IOT、新素材の開発等があげられ、スマートシティ構想が進められる時代です。

 

2. グレート・リセットとは

 

 新著『グレート・リセット』(日経ナショナルジオグラフィック社、2020年10月)は、ダボス会議会長クラウス・シュワブと、ティエリ・マルレの共著で、2020年7月に書かれたものです。クラウス・シュワブは、数年前から第四次産業革命による社会の大転換を予測してきましたが、その予測を、コロナ禍で前倒しにして実現しようという構想です。

その目次を上げておきましょう。

【目次】

イントロダクション

1. マクロリセット

 1.1 概念の枠組:現代社会をあらわす三つのキーワード。1.2 経済のリセット。

 1.3 社会的基盤のリセット。1.4 地政学的リセット。1.5 環境のリセット

 1.6 テクノロジーのリセット。

2. ミクロリセット(産業と企業)

 2.1 ミクロトレンド。2.2 産業のリセット

3. 個人のリセット

 3.1 人間らしさの見直し。3.2 心身の健康。3.3 優先順位を変える

 このように、大きくは経済、社会、地政、環境、技術、中間項としては企業、そして末端の個人に至るまでがリセット(組み直し)の対象とされています。

 

3. ダボス会議とは

 

 ダボス会議(世界経済フォーラム)は、1971年にクラウス・シュワブによって創設された国際機関で、毎年1月にスイスのダボスで年次総会を開いています。私は、『モモ』の作家エンデが参加したことは彼の著作で知っていましたが、今年は、「ドナルド・トランプ米大統領と、トランプ氏の演説に耳を傾けるスウェーデン人高校生環境活動家のグレタ・トゥンベリさん(2020年1月21日撮影)」という記事がありました。各国政府の政治家や、大企業の経営者だけでなく、時の人も招待しているようです。

 今年はコロナ禍で1月のダボスでの年次会議は5月に延期され、シンガポールで行うという報道がなされています。そして1月末にオンラインで各国首脳の報告があり、菅首相は五輪を夏に絶対やると発言したそうです。

 

4.ショック・ドクトリンとは

 

 ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(岩波書店)は、2005年にアメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナの被災地を訪問して取材した記事から始まります。この惨事で、被災者たちが住宅を失って、避難所で生活しているまさにその時の、共和党下院議員や、不動産業者の発言が記録されています。

 「これでニューオーリンズの低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の卸業だ」(『ショック・ドクトリン』、2頁)

 「私が思うに、今なら一から着手できる白紙状態にある。このまっさらな状態は、またとないチャンスをもたらしてくれている」(同書、2頁)

 そして、新自由主義の提唱者である、ミルトン・フリードマンは、次のような記事を書いたのです。

 「ハリケーンはニューオーリンズのほとんどの学校、そして通学児童の家々を破壊し、今や児童生徒たちも各地へと散り散りになってしまった。まさに悲劇というしかない。だが、これは教育システムを抜本的に改良するには絶好の機会でもある」(同書、3~4頁)

 そして、フリードマンの提案した公教育の民間運営のチャーター・スクールへの移行は恐ろしいスピードで進められました。

 「ルイジアナ州の教育改革者が長年やろうとしてできなかったことを(中略)ハリケーン・カトリーナは一日で成し遂げた」(同書、5頁)

 この後、ナオミ・クラインは、ミルトン・フリードマンが、1962年に出版した『資本主義と自由』(日経BP社)で述べている次の文言を引用しています。

 「現実の、あるいはそう受けとめられた危機のみが、真の変革をもたらす、危機が発生したときに取られる対策は、手近にどんなアイディアがあるかによって決まる。われわれの基本的な役割はここにある。すなわち現存の政策に代わる政策を提案して、政治的に不可能だったことが政治的に不可欠になるまで、それを維持し、生かしておくことである」(同書、6~7頁)

 今、コロナ禍で教育制度の見直しは課題となっています。そして日本の政権は、日本における新自由主義政策の権化のような竹中平蔵と、それを師と仰ぐ菅首相です。コロナ禍という惨事に便乗して何をやろうとしているのか、注目しておく必要があります。

 

5.テレストリアルからのグレート・リセットの可能性

 

 コロナ禍という惨事に便乗し、第四次産業革命を前倒ししてグレート・リセットをしようという資本と国家の、ショック・ドクトリンはうまく運ぶのでしょうか。デジタル経済のもとではSNSを通して誰もが発言できます。また、無料のインターネット上のプラットホームを利用して、だれもが自営業を始められます(ポール・メイソン『ポストキャピタリズム』参照)。このような事態を考慮すれば、人びとの生活圏からのグレート・リセットの可能性が開けてくるのではないでしょうか。そしてその取り組みを応援してくれるような理論的枠組みも出来上がっているのです。そこで、まずは何に対する対抗かを明らかにするために、予想される上からのグレート・リセットの技術的内容を見ておきましょう。

 

6.第四次産業革命で実現される技術

 

 シュワブ『第四次産業革命』の付章ディープシフトには、「第四次産業革命では、ソフトウェア技術によって可能になったデジタル接続が社会を根本的に変える。その影響の規模と生じている変化のスピードは、今まさに起きている変革を人類の歴史上の他の産業革命とは全く別のものにしている。」(157頁)という書き出しで始まります。そこでは800名の企業役員を対象とした調査を実施し、2015年に発表されたレポートにもとづいて、23のテクノロジーシフトが列記されています。それをまず挙げてみましょう。

 1.体内埋め込み技術、2.デジタルプレゼンス、3.視覚が新たなインターフェイスになる、4.ウェラブル・インターネット、5.ユビキタスコンピューター、6.ポケットに入るスーパーコンピューター、7.コモディティ化するストレージ、8.インターネット・オブ・シングスとインターネット・フォー・シングス、9.インターネットに接続された住宅、10.スマートシティ、11.意思決定へのビッグデータ利用、12.自動運転車、13.AIと意思決定、14.AIとホワイトカラーの仕事、15.ロボット技術とサービス、16.ビットコインとブロックチェーン、17.シェアリング経済、18.政府とブロックチェーン、19.3Dプリンタと製造業、20.3Dプリンタと人間の健康、21.3Dプリンタと消費財、22.デザイナーベビー、23.ニューロテクノロジー

 

7.人の身体と生活環境をターゲットにした各シフトの中身

 

 シフト1.体内埋め込み技術

 この技術では、2025年までに体内埋め込み式携帯電話が実用化されると予想されています。そのイメージは次の記事を参照ください。

「スマートダストは、それぞれが砂粒よりも小さいアンテナ付きのコンピューターを並べたもので、体内で必要に応じて複雑な体内プロセス全体の動力を提供するネットワークとなる。スマートダストの一群が早期ガンを攻撃したり、傷の痛みを緩和したり、何重にも暗号化されたハッキング不可能な個人情報の保管庫となったりするのを想像してほしい。」(WTVOXの記事の引用、160頁)

 シフト2.デジタルプレゼンス

 携帯電話は急激に広がったが、それを土台に人々のデジタルな交流が増え、「デジタルライフは、個人の実際の生活そのものと密接につながるようになってきている。」(161~2頁)

 2025年には世界人口の80%が、インターネットでのデジタルプレゼンスを有するようになる、と予想しています。そうなることで「オンライン上で簡単に社会運動(政治グループ、利益団体、趣味、テロリスト集団)を展開できるようになる」とされている点に注目しておきましょう。

 シフト3.視覚が新たなインターフェイスになる

 グーグル眼鏡が発売されていますが、2025年までに、メガネの10%がインターネットに接続されると予想されています。これはマウスでのクリックや、液晶画面へのタッチなしで、直接視覚でインターネットに接続できるようにする技術のようです。現実とインターネット上の仮想世界とが混在してしまいそうです。

 シフト4.ウェアラブル・インターネット

 2025年までに、10%の人々がインターネットに接続された服を着ていると予想されています。その例がアップルウォッチです。これは脈拍や体温を計測し、医療行為につなげています。また、赤ちゃん用の仕様も発売されています。

 シフト5.ユビキタスコンピューター

 2025年までに人口の90%がインターネットに常時アクセスすると予想されています。2015年の時点では43%でした。ユビキタスとは、いつでもどこでも存在するという意味です。

 シフト6.ポケットに入るスーパーコンピューター

 2025年までに、人口の90%がスマホを使用すると予測されています。このスマホは現在でもスーパーコンピューターの処理能力を超えているのです。

 シフト7.コモディティ化するストレージ

 ストレージとは、データを保存するハードディスクなどですが、クラウドを利用した容量無制限の無料のストレージ(広告付)が、2025年には90%の人々がそれを利用するようになると予想しています。

 シフト8.インターネット・オブ・シングスとインターネット・フォー・シングス

 2025年までに1兆にのぼるセンサーがインターネットに接続されると予想されています。自動車や家電だけでなく、牛に取り付けられたセンサーが、健康や行動を監視するなど。

 シフト9.インターネットに接続された住宅

 2025年には、インターネットを駆け巡る情報量の50%が住宅内の家電製品とデバイス(情報端末機器)用になると予想されています。現在は通信や娯楽がメインですが、それがIOTの普及で情報量の逆転が起きると予想されているのです。

 シフト10.スマートシティ

 2025年には人口5万人超の都市で初めて信号機が廃止になる、と予想されています。多くの都市で、サービス、公益事業、道路がインターネットに接続されてエネルギーや交通を管理するようになるというのです。すでに実験段階に入っています。

 シフト11.意思決定へのビッグデータ利用

 2025年までに、政府が初めて国勢調査の代わりにビッグデータを情報源として活用という予想されています。これは単に国勢調査にとどまらず、レストランの衛生情報や、農家の栽培方法の助言などにも役立てられるというのです。

 シフト12.自動運転車

 2025年までにはアメリカの道路上の全車両の10%が、自動運転車になると予測されています。現在中国では一部の都市で公道を走っています。またEC向けの巨大な倉庫内でも自動運転の車両が駆け巡っています。

 シフト13.AIと意思決定

 2025年までに企業の役員会にAIマシンが登場する、という予測には賛成が過半数にはなりませんでした。しかしAIの学習能力は、機械学習からディープラーニング(深層学習)に発展していて、これからは人間が判断の基準を入力するのではなく、自ら判断の基準を見つけていくのです。

 シフト14.AIとホワイトカラーの仕事

 2025年までに、法人監査の30%をAIが実施という予想がされています。現在ホワイトカラーに担われている事務仕事はAIに代替されていき2010年当時のアメリカの仕事の47%が10~20年のうちにコンピューター化されていくという調査も収録されています。

 シフト15.ロボット技術とサービス

 2025年には、ロボットの薬剤師が登場すると予想されています。現在もロボット技術は多くの産業分野に応用されており、自動車の製造工程では80%が機械化されています。それがサービス業の分野にまでも広がっていくと予想されているのです。

 シフト16.ビットコインとブロックチェーン

 2025年には世界の国内総生産の10%が、ブロックチェーンの技術で保管されるという予測は、賛同者はやっと過半ですが、この技術は金融取引に応用されて、金融機関のリストラが進行するでしょう。

 シフト17.シェアリング経済

 2025年までに自家用車からカーシェアリングによる移動が増加すると予想されています。オンライン上のプラットホームと、スマホのようなモバイル端末の組み合わせで、シェアリングが簡単に実現可能となるのです。

 シフト18.政府とブロックチェーン

 2025年までに政府がブロックチェーンを介して税金を徴収すると予想されています。ここで注目しておく必要があるのが、この技術は中央銀行の役割を変化させることです。

 シフト19.3Dプリンタと製造業

 2025年までに、3Dプリンタによる自動車の製造が可能になると予想されています。実は私もこの3Dプリンタを使ってみたいのですがまだ果たせていません。随分安くなったのでそのうち実験してみたいです。

 シフト20.3Dプリンタと人間の健康

 2025年までに3Dプリンタで作った肝臓の臓器移植が可能になると予想されています。中国ではすでに3Dプリンタでつくった脊柱が移植されたと報告されています。

 シフト21.3Dプリンタと消費財

 2025年までには消費財の5%が3Dプリンタで生産されると予想されています。そうなると3Dプリンタが、家庭電化製品並みに普及し、消費財を作れるようになるというのです。

 シフト22.デザイナーベビー

 これは調査の枠外ですが、なんと、人の胚をゲノム編集で変えようという計画です。ゲノム編集された人間が誕生するという予想です。

 シフト23.ニューロテクノロジー

 こちらは人間の脳への加工です。完全に人工的な記憶を埋め込まれた脳をもつ人間の誕生が予想されています。

 

(内閣府のムーンショット目標)

 ついでに内閣府の「ムーンショット目標」も紹介しておきましょう。昨年末から準備され今年2月に決定された目標Ⅰは次のような内容です。

目標Ⅰ 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

 ◯ ターゲット

 誰もが多様な社会活動に参画できるサイバネティック・アバター 基盤

 2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。

 2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。

 注:サイバネティック・アバターは、身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターに加えて、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念。Society 5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するものを目指している。

 ◯ サイバネティック・アバター生活

 2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。

 2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

 ◯ 目標設定の背景

 少子高齢化の進展により、今後、我が国では生産年齢人口が減少するが、これは同様の人口動態をたどる先進国やアジア周辺国においても共通の課題となっており、日本は課題先進国としてこの問題の解決に取り組むべきである。

 さらに、人生100年時代において、様々な背景や価値観を持ったあらゆる年齢の人々が多様なライフスタイルを追求できる持続可能な社会(Society 5.0)の実現が求められている。様々な背景や価値観を持つ人々によるライフスタイルに応じた社会参画を実現するために、身体的能力、時間や距離といった制約を、身体的能力、認知能力及び知覚能力を技術的に強化することによって解決する。

 ◯ ムーンショットが目指す社会

 人の能力拡張により、若者から高齢者までを含む様々な年齢や背景、価値観を持つ人々が多様なライフスタイルを追求できる社会を実現する。

サイバネティック・アバターの活用によってネットワークを介した国際的なコラボレーションを可能にするためのプラットフォームを開発し、様々な企業、組織及び個人が参加した新しいビジネスを実現する。

 空間と時間の制約を超えて、企業と労働者をつなぐ新しい産業を創出する。

プラットフォームで収集された生活データに基づく新しい知識集約型産業やそれをベースとした新興企業を創出する。

人の能力拡張技術とAIロボット技術の調和の取れた活用により、通信遅延等にも対応できる様々なサービス(宇宙空間での作業等)が創出される。

● 「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会」という目標設定に、この政府の経済効率一辺倒の姿勢が表明されていますね。生命(いのち)それ自身が時間であり、空間ですからその制約から解放されれば生命を失い、機械に変質してしまうでしょう。こんなSF(サイエンス・フィクション)のようなシナリオに予算をつぎ込むのですが、本当の狙いは、従来製造業でのロボット技術は世界トップですが、介護等の人的サービス向けのロボット技術の開発でもトップの座を守ろうというところでしょう。

 

8.これらの技術は人体実験で、遺伝子組み換え食品が先行した

 

 人の身体をターゲットにしたさまざまな技術の大元にはバイオテクノロジーがあります。遺伝子組み換え技術による組み換え食品は、壮大な人体実験でした。またそれは同時に環境に大きな負荷を与え続けるものでした。そしてその人体への被害の結果が15年たってやっと大勢の人々に問題視されるようになってきました。2014年フランスで「遺伝子組み換え戦争」と題するドキュメンタリーが放映され、注目されたのです。安田節子『食卓の危機』(三和書籍)によれば、この映画はGM大豆と除草剤ラウンドアップについて、デンマークとアルゼンチンで引き起こされている被害の実態の報告でした。まずデンマークでは、アルゼンチンから輸入したGM大豆を飼料として豚に与えたところ、下痢や原因不明の病気で死ぬ豚が急増し、このエサを中止したら、そのようなことはなくなったことが紹介されます。次にアルゼンチンではGM大豆が持ち込まれて15年がたちますが、大豆畑の近隣の村では、先天性異常の子供たちが増え、政府は障碍者施設への補助金を増額せざるをえなくなったことが判明し、デンマークの養豚家たちは豚への影響が人々にも同じように現れていることを知ったのです(『食卓の危機』、2~3頁)。

 この放映を契機に、世界ではラウンドアップの主成分であるグリホサードを禁止にする方向で動き始めています。また、この農薬の被害を受けた人々の訴訟でも勝訴が勝ち取られるようになってきたのです。これは世界的規模での水俣病の再来でしょうか。そして同じような被害を予想できる技術が第四次産業革命の担い手なのです。2018年に勝訴したケースについては、山田正彦『売り渡される食の安全』(角川新書)を参照してください。

 人々の身体のみならず、動植物たちや環境にも計り知れない悪影響を与える科学技術の成果物(ここでは廃棄物ではなく成果物そのものです)が、リスクをもち、それが社会に忍び込んでくる事態とどのように対応できるのか、これは重大な問題ではないでしょうか。まずは第四次産業革命の科学技術のうち、人の身体をターゲットにしたものについては、専門家を交えてその影響について考察し予防原則にのっとって問題の解決を図ることが必要でしょう。

 ところで、日本でも2011年の大震災と原発事故以降、大学の研究者たちの間に「象牙の塔」にこもっていたのでは社会的責任を果たせないと考えるようになり、さまざまなフィールドで研究する人たちが出てきています。私はこの動きを全共闘運動の下からの再来と見ています。第四次産業革命のさまざまな科学技術の問題点を突き出すには問題意識ある研究者たちの役割は非常に重要です。

 

9.人々の考え方のグレート・リセット

 

 その際に、例えば気候変動に対する個々人の対応が、日本では、いやいややらねばならない義務的な事柄として意識されることが多いです。ところがヨーロッパではより進んだ生活様式として受け止められているという報告を聞いたことがあります。それで宇井純『公害原論』とウルリヒ・ベック『変態する世界』での議論とを対比してみましょう。

 縮小社会研究会には理系の研究者や技術者が大勢いらっしゃって、公害に取り組んだ方々も多く、具体的内容については私が出る幕はありませんが、60年代から70年代初頭の公害先進国日本での公害反対の住民運動の経験が省みられるべきでしょう。

 

第2章 宇井純の公害原論

 

1.宇井純の原則(『公害原論Ⅲ』216~226頁)

 ① 起承転結の四段階

   第一段階:公害が起こる 第二段階:原因がわかる 第三段階:反論がある

   第四段階:反論と正論がぶっつかって中和される(なんとなくあいまいになる)

 ② 第三者はいない

   「私は公正な第三者である」と名乗る人は加害者側

 ③ 相乗平均の原理

   被害者の要求する金額と加害者の要求する金額の決まり方

④ 運動における縦と横の原理

  被害者の運動で、国、県、市町村という縦の政治系列を求めて下から攻めていく運動は敗北する 陳情型の運動

  この縦の系列を無視して手近で身近な基本自治体である市町村から攻めて行くと勝てる場合がある 要求型の理想主義的運動

⑤ 組織における縦と横

  官庁のようなシステム的な組織は公害問題にたいして無力 会社組織も同様 政党と労働組合も同じ 仕事の縦割りで能率を上げるシステム              

だとすると自分でやるしかない 一人でもやるぞという人が何人か集まってゆるい連帯をとる 公害問題に対してはシステム的な対応を避ける

1966年以降の進歩

 ⑥ 公害と差別の構造が同じ

   被害者の認識は総体である 加害者の認識は部分である 被害者の立場に近づく努力が必要 第三者は加害者側にならざるを得ない

 ⑦ 公害の無視が高度成長の要因

   公害は高度成長のひずみなんかではない

 ⑧ カタカナはすべて公害に使えない

   公害先進国の日本だから、外来理論は適用できない 科学も技術も使えない

 ⑨ 今の科学技術は必然的に公害を生む

   工業では製品の流れは記録されているが、廃棄物の流れは無視されている

背景には大学(特に東京大学)への批判がある

運動論としては、被害者は黙っていたら殺されかねない、無展望、無原則、無理論、無節操、という立場から何をするかを考える 近代的思考では闘えない 自分の頭で考える

前例がない 公開講座の意義

次に何が起こるか 原子力発電所、空港、ごみ処理

 

2.公害という概念でいいのか

 公害という概念は基本的には大工場や自動車などから排出される有害な廃棄物が、環境(大気、陸地、河川、海洋、)に廃棄されたり、あるいは製造工程で有害物が誤って混入されて人体に吸収されるケースを想定しています。

 しかし遺伝子組み換え食品は販売される商品そのもののリスクであり、これは公害という概念ではとらえられません。環境問題も公害という概念では部分的な理解にとどまるでしょう。

 第四次産業革命が人々の身体とその生活環境をターゲットにしている以上それが生み出すリスクについての新しい概念が求められています。

 宇井純は当時カタカナ(外国の研究)は役に立たない、と述べていましたが、今日では原発から自然エネルギーへの転換にしても遺伝子組み換え食品の規制にしても、外国の方が先行しています。日本では公害が深刻だったため、その枠組みで考察してしまうのですが、技術の生み出す負の側面の考察から、もっと一歩進んで科学技術そのもののリスクにどう対応するかが問題なのです。

 

第3章 ベックのリスク論

 

1.『変態する世界』での問題提起

 

 ベックは2015年の元旦に亡くなりました。遺稿があり、それがまとめられて『変態する世界』(岩波書店)として出版されました。

 『変態する世界』では、「なぜ世界の変態であって、変容ではないのか?」と問いかけています。ここで否定されている変容という考え方には過去の自身の社会変革についての見解も含んでいます。

 「この世界の変態を理解するためには、この新たな始まりを探求する、つまり、古いものから出現しつつあるものに焦点を当て、現在の混乱の中で未来の構造と規範とを理解しようと努める必要がある。」(『変態する世界』、2頁)

 変態は、例えば蝶が幼虫から蛹になり、蛹から羽化して成虫になる、という過程を類推したもので、この概念によってベックは自らの再帰的近代化という発想を否定したのです。近代を乗りこえるもう一つの近代というイメージは変容でしたが、もっと根底的な変化が起ころうとしていると見たのです。

 「変態の理論は、世界リスク論を超える。それは、グッズ(正の財)のマイナス面の副次的効果の話ではなく、バッズ(負の財)のプラス面の副次効果だ。」(同書、3頁)

 再帰的近代化の理論に基づく世界リスク社会論は、科学技術がもたらすマイナスの面の効果を期待したものでした。しかし、変態を問題にするならば、気候変動などの負の問題がもたらす副次効果に期待しようというように転換していきます。

 そして、この発想の転換を、宇宙に対するコペルニクス的転回を社会に当てはめた「コペルニクス的転回2・0」として表現しています。従来世界と人類は、国家の周りをまわっていたが、国家の変態によって、国家が世界と人類の周りをまわるようになった。その結果人々がコスモポリタン化する、というのです。

 「社会運動は、コスモポリタン的な枠組みづくりにとって重要だが、集団として拘束力ある意思決定をつくり出すことはない。唯一の立法力を有する国民国家が存在するのはこのためだ。しかし、国民国家の影響力は薄れつつある。集団として拘束力ある意思決定を行う上で、世界都市がより重要な場となりつつあるのだ。それはなぜか?都市においては、気候変動は目に見える影響をもたらすし、気候変動が革新を奨励するからだ。そして国境を越えて協力と競争が行われるし、気候変動への政治的対応が、政治的な正当性と権力のローカルな源泉として機能する。

 新たな権力構造が台頭しつつある。世界都市に住む都会の専門家(さまざまな歴史的背景を有する都会の多国籍階級)から成るものだ。都市は国を超えた行為主体として、法的に再定義されつつある。国を超えた政治の組織化された声として、だ。」(同書、51~2頁)

 変態の時代にあってどのような主体が登場しているかについて、ベックは新しい発見をします。それはコスモポリタン的な世界市民や、彼らが展開するグローバルな下からのサブ政治だけでなく、都市が世界都市として連合していくさまを展望したのです。そして、この動きはミュニシパリズムとそれを土台にしたフィアレス・シティ(都市の国際的なネットワーク)として実現されています。

 さらにベックは、既成の社会学への批判も述べています。フーコー、ブルデュー、ルーマンの共通点として次のように述べています。

 「それは、これらが、社会・政治システムの再生産に焦点を当てていて、それらのシステムの変態はおろか、変容にも焦点を当てていない点である。」(同書、57頁)

 これらの理論はベックの従来の立場であった変容論にすら到達していないという辛辣な批判です。そして自らの課題を次のように設定しています。

 「社会学にとって、社会秩序の再生産と決別し、(コスモポリタン的)変態を理論化することは、認識論的・方法論的な困難を引き受けることを意味する。」(同書、58頁)

 ベックはこの後、この理論化に向けて努力しています。いくつかの論点を紹介しておきましょう。まず重要なのは「バッズの財」の役割です。

 「国家の階級社会はグッズ(正の財)(収入、教育、健康、繁栄、福祉、組合などの大規模な全国的な運動)の分配を基盤にしている。世界リスク社会の基盤はバッズ(負の財)(機構のリスク、金融のリスク、放射線)の分配であり、これらのバッズは、一つの社会の領土の境界内にも、一つの時代の中にも閉じ込められない。」(同書、92頁)

 このバッズのリストに加えたいものは、遺伝子組み換えですが、このような負の財がもつ社会の変態に向けての効用に注目しておきましょう。

 「第一に、コスモポリタン的観点をもつことで、人びとやコミュニティを、潜在的な脆弱な被害者と見る視点から、主張し、獲得し、守るべき権利をもった市民と考える視点へと、焦点が移行する。気候の災害を公正の問題と認識するならば、存在する不平等と脆弱性のパターンを対処すべきリスクとして扱うよりも、それらのパターンが公正かどうかを問う必要がある。」(同書、109頁)

 被害者の主体への転換という視点が、バッズのプラス面の副次効果です。次に被害者は誰か、という問題で、これも国境を越えていきます。先に上げたドキュメンタリーがデンマークとアルゼンチンの被害者を結び付けていました。また、さらにコスモポリタン的視点は、例えば、気候の不平等についていえば、海面上昇によって水没する都市は国家を選ばないという問題です。それは想像力の働きによってしか解明できません。

 「世界的リスクの政治学は、まずは元来、知識の政治学であり、それは以下の三つの疑問を提起する。①関連するリスクが生み出すものや技術の有害さと、その大きさを誰が決めるのか?責任はそういったリスクを生み出す人たちやそれから利益を得る人たちにあるのか?それらのリスクによって影響を受ける人たちや受ける可能性のある人たちは、含めるのか除外するのか?②私たちは、異論のある知識や、自分の知らない、伝統的な意味では将来も決してわからないであろう知識をやむを得ず扱っている世界で、何を十分な証拠とみなすべきか?誰がこれを決めるのか?③危険や被害がある場合、被災者への補償について誰が決定し、将来の世代が直面することになる実在のリスクを確実に減らすように誰が留意するのか?」(同書、110~1頁)

 このような課題に取り組める体制をどのように構築していけるのか、多くの人々の協力が必要です。

 

2.ベッグのリスク社会原論

 

 ここでは、1986年のチェルノブイリ原発事故と同時に発売され、ベストセラーとなったウルリヒ・ベック『危険社会(リスク社会)』(法政大学出版局)からの引用しておきましょう。

 「近代が発展するにつれ富の社会的生産と並行してリスクが社会的に生産されるようになる。」(23頁)

 「科学技術がリスクをつくり出してしまうというリスクの生産の問題、・・・リスクに該当するのは何かというリスクの定義の問題、そしてこのリスクがどのように分配されているかというリスクの分配の問題」(23頁)

 富の分配からリスクの分配へ。リスクのスケールの大きさ

 「リスクを政治的また科学的にどのように『処理』するかという問題である。すなわち、リスクをどのように管理、暴露、包容、回避、隠蔽するかという問題である。」(25頁)

 「富にあってはこれを所有することができるが、リスクにあってはこれに曝されるのである。」(30頁)

 「リスク社会という社会形態の特徴は不安からの連帯が生じ、それが政治的な力となることである。」(75頁)

 「階級社会では存在が意識を決定したのに、リスク状況では反対に意識(知識)が存在を決定するのである。」(81頁) 知識の種類が違う。

 「科学技術文明におけるリスクについての今日の認識は、もともと『科学技術の合理性』の頑強な否認と必死の抵抗を突破して得られたものである。」(91頁)

 「科学によるリスクの知覚の構造的な欠陥と誤謬はどのように生じるか。一つには社会によるリスク知覚とかかわらせてみなければその誤りが目に見えないのである。」(91~2頁)

 「科学技術に対する批判や疑問が生じるのは、批判者が『非合理』だから起こるわけではない。増大するリスクと文明の危機に直面して、科学技術の合理性がもはや機能不全となっているから起こるのである。」(92頁)

 「科学がリスクと取り組む際の制度や方法が構造的な原因なのである。」(92頁)

 「科学技術の最大の関心事は、生産性の向上である。生産と結びついて起こるリスク性については、二の次どころかもっと後になって初めて考慮される場合が多い。

 リスクを生産しておきながら、それを正しく認識できない大きな理由は、科学技術の合理性が『経済しか見ない単眼構造』にあるからである。」(94頁)

 「許容値とはつまり大気、水、食品の中にあることを『許容される』有害かつ有毒な残留物の値である。これはリスクの分配にとって重要な意味をもつ。・・・許容値により、その範囲は限定されるものの、有毒物質の生産が許され公に認められる。」(101頁)

 「許容量は、一方で汚染を許しておきながら、他方で、汚染が起こってもそれが無害だと宣言することによって、汚染をなかったものにしているのである。」(102頁)

 「人体実験はやはり行われているのである。しかし、目には見えないし、科学はこれを体系的に管理することもしない。データ収集もしなければ、統計もなく相関関係が分析されることもない。そして被害者には何も知らせない。しかも被害者は何かに気づいた時には、反対にそれを立証する責任さえ持たされるのである。」(109頁)

 「主たる原因の一つは、従来の環境政策が生産過程の最終段階に向けられている点であろう。生産過程の最初の段階での、例えば技術、立地、原料、燃料、それから製品に関する決定に対しては、何の政策もないのである。」(112頁)

 「もっとも重要な結論を言おう。経済、政治、家族、文化といった部分システムからなる社会は、近代化の進展によってもはや『自然から独立した自律的な社会』としてとらえることはできない。環境問題は社会の外側の問題ではなく、徹頭徹尾(発生においても結果においても)社会的な問題なのである。」(129頁)

 

第4章 ベッグのサブ政治論

 

1.サブ政治とは

 

 ベックのサブ政治論は今日政治や社会運動について考える時に避けて通れない問題提起をしています。そこでベックの議論を紹介しながら、少し詳しくサブ政治について解説してみましょう。

 「政治システムのさまざまな機関(議会、政府、政党)にとっては、産業、経済、テクノロジー、科学というような生産の分野がシステムの機能上前提として必要になる。ところが、それによって、さまざまな社会生活領域を永久に変えてしまうような変化が、あらかじめ組み込まれる。そして、そのような変化は全て技術=経済進歩の名の下に正当化されるのである。だが、このような形の変化は、民主主義の最も単純なルール――社会変化の目的を知っておくべきこと、話し合い、採決、同意の必要など――と相容れない。」(『危険社会(リスク社会)』、379頁)

 ベックが概括したような、西ドイツにおける産業社会からリスク社会への移行は、民主主義にもとづく政治的機関の決定によるものではなく、もっぱら技術的経済的変化によるものでした。ということは、技術的経済的なものが社会生活領域を完全に変えてしまうような力として働いているのです。そしてこのような力は民主主義のルールに従って行使されているわけではないことにベックは注目しています。

 こうして、社会変化に関して言えば、「政治の停滞の一方で、技術=経済システムの想像を絶するようなめまぐるしい変化が進行している。」(380頁)のであり、「政治と非政治の概念が曖昧になり、概念の体系的な修正が必要になる。」(380頁)とベックは問題提起をしています。まず従来の政治の枠がとり払われてしまいます。

 「二つの事態が進展している。一つは、社会福祉国家という形の公的介入がその成功のゆえに色あせていくことである。もう一つは、大規模な技術革新の波とこれがもたらす未知のリスクである。この二つの事態が同時に進展していくことにより、政治の枠がとり払われることに至る。」(380頁)

 これは結局は従来の福祉国家が予定していた国民の生存状況が、技術的経済的なものによって大きく変化させられるなかで、新しく生まれてきた国民の生存状況に対応できなくなってきたということでしょう。ベックが政治の枠がとり払われるというのは、本来非政治的とみなされてきた技術的経済的なものの政治的役割を認めようとする見地からです。

 「変化とそれに伴う潜在的なリスクが増大するのと並行して、技術=経済的発展が、非政治としての性格を失うのである。新たな社会の輪郭は、もはや議会での話し合いや行政府の決定によって決められるのではない。それは、電子工学、原子炉技術、人間遺伝学の発展によって決まると考えられるようになる。・・・・技術=経済的発展は、政治のカテゴリーにも非政治のカテゴリーにも入れられない、つまり何か第三の形の政治、いわばサブ政治という不確かでどっちつかずの存在となる。」(381頁)

 技術的経済的なものは、本来政治的なものではないしまた政治のルールを持っているわけでもありません。しかし、そのようなものが、社会の変化を推し進める力を持ってきていることを認めるベックはこれにサブ政治と名づけたのでした。もともと経済発展は社会を変えていくというのはある種の常識ですが、しかし、これまでの理解は、資本主義の発展によって、二大階級からなる社会が形成されるという意味でした。ベックは二大階級が形成されて以降の社会の変化を個人化と位置づけ、個人化を推進する力を技術的経済的なものに見出して、これをサブ政治と規定したのです。

 「今や社会を形成する潜在的可能性は政治システムから科学=経済的近代化というサブ政治システムに移っている。政治と非政治との間の不明確な転換が生じる。政治的なものが非政治的となり、非政治的なものが政治的になる。」(382頁)

 戦後の福祉国家の時代には、国家独占資本主義論が幅を利かせていましが、それは国家の経済過程への介入による社会形成という文脈でした。ベックは多分このような考え方との対比で、社会を形成する潜在的可能性の、政治システムからサブ政治システムへの移行を説いているのでしょう。サブ政治が主導的となったことで、「政治の機関は、自分が計画もしなかったし、形成することもできない発展の弁護人となり、どういうわけかそれの責任も持たなければならない。一方、経済と科学における決定は政治的内容を含まざるをえないが、この決定を下す当事者はいかなる正当な権限も持たないでそれを行う。社会を変える決定はどこかわからないところから無言で匿名で下される。」(382~3頁)という事態が現れます。

 では、サブ政治が社会を変えていき、政治をリードするような時代にどのような運動が可能となるのでしょうか。

 「政治=行政システムはもはや政治が行われる唯一の場所、あるいは中心ではありえない。まさに民主化によって、形式的な権限や機能の規定にもかかわらずさまざまな形で政治への参加が生じ、政治的取引が生じ、法の解釈が変えられる。そして、これらに対する抵抗も生じる可能性がある。」(391頁)

 一昔前の運動は政治運動であり、権力や政治機関に向けて闘われましたが、そのような運動のスタイルとは異なる運動が登場してきています。政治の場以外での運動であるがゆえに、社会運動を名付けられていますが、しかしベックはそのような運動にも、政治性を見ようとしています。「専門細分化した民主主義のほかに、新しい形態の政治文化が形成される。」(395頁)結果、「市民はこれまでのきまりきった形の政治活動の概念では、全く捉えられないような多様な形態で政治的活動をはじめた。例えば、市民運動であり、さらには、いわゆる『新しい社会運動』であり、そして最近では、オルタナティブで批判的な職業活動である。」(396頁)というのです。

 ベックは新しい運動について、市民運動と社会運動、それにもうひとつ、市場経済と雇用労働とは別の働き方を挙げています。ベックがこのような新しい運動の政治性に注目するのは、それらが経済や科学といったサブ政治に対抗しうる運動だからです。

 「これらのサブ政治(経済、科学)は実際は社会的生活の基盤を変化させているのであり、自分の手段を用いて政治を行っているのである。」(457頁)

 サブ政治とこれへの対抗について1980年代半ばに明らかにしたベックはその後グローバリゼーションについて研究し、2002年に『グローバル時代の世界政治経済学』(邦訳『ナショナリズムの超克』NTT出版、2008年)を発表しますが、そこではコスモポリタン(世界市民)的視点が提起されています。ベックが世界市民の力としてあげているのが国際的なNGOの活動と並んで消費者としての市民の不買運動です。理由はそれが多国籍企業に対する有効な打撃を組織できるからです。

 このようにベックが分析したグローバル化され、個人化されたリスク社会で、人びとはどのようにしてリスクから身を守ることができるのか、そしてこのようなリスク社会を変えていくことは可能なのか、このことについて考えてみましょう。まずは身近な遺伝子組み換え食品のケースから見ていきましょう。

 

第5章 サブ政治に対する対抗運動

 

1.遺伝子組み換え食品とは

 

 サブ政治に対抗する運動として、現在も進行中の遺伝子組み換え作物・食品の表示を求める運動の事例を紹介しましょう。はじめに遺伝子組み換え技術の食品への応用の歴史を簡単にまとめます。

 1973年、カリフォルニア大学のバーグとコーエンらにより、初めての遺伝子組み換え実験が微生物を使って成功し、遺伝子工学がスタートしました。

 1894年、アメリカでタバコを用いて遺伝子組み換え植物第一号が作られました。以降次々と組み替え作物が開発されていきます。

 90年代に入って、開発企業は、人の遺伝子治療や食品に応用化を求めるようになってきます。

 1992年に米国食品医薬品局(FDA)はバイオ産業の意向を受けて遺伝子組み換え食品の従来の食品との「実質的同等性」という新しい安全性評価の基準を打ち出しました。この評価基準だと動物実験は必要ないし、表示の必要もないということになります。これがOECDの「バイオ食品の安全性評価レポート」に取り入れられ、日本の厚生省の安全性評価も同じ内容となりました。

 組み替え食品は、遺伝子の組成を人為的に組み替えたわけですから、全く新しい性質を持ったものであるにも拘らず、動物実験もされておらず、実験による安全性が立証されたから発売されているわけではありません。この安全評価基準によってアメリカ合衆国の住民は、そうと知らずに10年以上にわたって遺伝子組み換え食品を食べ続けてきたことになります。

 1994年初めての組み換え食品である、日持ちを良くしたトマトが開発されました。以降大豆、ナタネ、トウモロコシ、ジャガイモ、棉花など次々と開発されていきます。

 1996年2月日本政府はアメリカの要請を受けて安全性評価指針を策定、11月頃から輸入に踏み切りました。

 

2.反対し表示を求める運動

 

 1996年11月 「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が立ち上げられ、表示を求める署名活動に取り組みます。日本消費者連盟、子孫基金、生協などが幅広い運動に取り組み、請願署名は120万筆集めました。

 EUは表示を義務付けた結果、遺伝子組み換え食品(GM食品)の輸入は進まず、アメリカは表示させないよう圧力を掛けています。

 表示を求める運動から出発し、さらに一歩進めた取り組みも始まりました。1998年、生活クラブ連合会は全農と提携してNONGMのコーンなどの飼料作物の輸入をはじめています。これが可能となったのは、全農がアメリカのニューオリンズに全農グレインという子会社を持ち、直接アメリカの生産者から買い入れるシステムを持っていたからでした。全農は1991年からポストハーベストフリーの飼料の輸入を手がけていましたが、これを土台にNONGMの輸入が可能となったのです。

 また遺伝子組み換え作物の花粉の飛散から作物を守るために、遺伝子組み換え食物のフリーゾーンを拡大していく運動も始まっています。

 生活クラブ連合会は、現在「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」と一緒に、次の三つの活動を展開しています。

 食品表示制度を抜本改正し、すべての食品・飼料にGM表示をさせる活動。

 GMなたねの国内自生を市民が監視する活動。

 遺伝子組み換えから生物多様性を守る活動。

 

3.2010年の時点では

 

 1992年に米国食品医薬品局(FDA)が定めた組み替え食品に対する「実質的同等性」という安全基準は、実はモンサントの上級顧問であったマイケル・テイラーをいう人物が役所(FDA)に入ってつくった事が暴露されました(ジェフリー・スミス『偽りの種子』、家の光協会、137頁)。またモンサントは秘密に動物実験をしており、結果はプシュタイの実験と同じ悪い結果が出ていました。その実験データが公開されています(安田節子HP論文「遺伝子組み換え作物の問題点」、11頁)。他に組み替え飼料で家畜に影響が出ているという事実もあり、アメリカでも新しい動きが出てきています。

 『偽りの種――遺伝子組み換え食品をめぐるアメリカの嘘と謀略』ジェフリー・スミス、を読めば、モンサントがベトナム戦争の枯葉剤の毒性で企業のイメージを低下させたにも拘らず、遺伝子組み換え技術による組み替え食品の独占的販売と、種子の独占を狙って巻き返しを図り、政府とマスコミを支配して遺伝子組み換え食品を氾濫させてきたことが分かります。そしてそれと知らずに食べ続けてきたアメリカ合衆国の住民たちも表示を求める運動に取り組み始めています。『The future of food』という映画が作成され、上映運動が繰り広げられて、カリフォルニア州のメンドシーノ郡では遺伝子組み換え作物が禁止になったとのことです(安田論文、16頁)。この映画の日本語版DVD『食品の未来』が販売され日本でも上映運動がなされました。

 

4.今日の時点から

 

 遺伝子組み換え食品に対する消費者の運動は、下からのサブ政治の典型でした。第四次産業革命がもたらす新しい人体実験に対して、そのように対抗するか、そのヒントが詰まっています。しかも、15年という長期の人体実験は、その結果の段階に入っているのです。

 先に少し述べた、ドキュメンタリーとともに決定的な事柄が2018年に起こりました。アメリカでラウンドアップの薬害でがんになった被害者がモンサントを相手取った訴訟で勝訴したのです。その賠償額はなんと320億円でした。この額には懲罰的損害賠償金が含まれています。というのも裁判の中で、モンサントの内部情報が開示され、そこでモンサント自身が発がん性を認めていたのです。(詳しくは、山田正彦『売り渡される食の安全』参照)

 あと、運動の成果として、世界の各国が除草剤ラウンドアップの主成分グリホサートの規制を始めています。詳しくは安田節子『食卓の危機』を参照していただくとして、いくつか紹介しておきましょう。

◯ フランス:2017年にマクロン大統領が3年以内のグリホサート禁止を検討指示。(まだ実施できず)

◯ ドイツ:GM作物の栽培禁止と、23年末までにグリホサート禁止を決定。

◯ EU欧州議会:2022年までに農業用の仕様禁止を求める決議を採択。

◯ イタリア:収穫前処理使用の禁止。

◯ コロンビア:グリホサートを主成分とする製品の散布を禁止。

◯ インド:パンジャブ州、ケララ州が禁止(2019年2月)。

◯ ベトナム:新規輸入の禁止(2019年3月)。

◯ オーストリア議会:2019年7月、グリホサート全面禁止の法案を可決。

 結局下からのサブ政治は、15年という長期の運動によってやっと勝利しつつあるのですが、あまり勝ったという気分にはなれません。しかしこの経験を今後の下からのサブ政治を作り上げるために活かしていく必要があるでしょう。

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