21世紀の社会運動の綱領草案(骨子) 境 毅(2000年1月4日)

はじめに 今何故綱領か


 従来の共産主義運動の綱領は、プロレタリアートが政治権力を奪取するところからしか社会革命は始まらないという共通の見地に立っていた。だから綱領は、党の綱領であり、その内容は政治一元主義だったが、このような綱領では、今日の社会運動を組織する事は出来ない。
 ソ連の崩壊は、この推論の現実性を証明するものであった。しかし、それ以降急速に進展してきた世界単一の資本市場の形成は、新たな社会革命の展望を提示しつつある。しかも、新しい社会運動も20年近い経験を積み、その運動の発展法則について理解しつつある。
 綱領はやはり政治文書であり、政治の比重が落ちていっている今日の社会のなかでは、政治綱領の重みも下落していっている。全ての領域の運動を綱領に体系化する事は出来ないし、又、その必要もなかろう。
 とはいえ、現代世界の歴史的段階と政治的判断、及び、次世代の社会システムの構想を明らかにするという作業は残されているし、これらの内容が提示されれば、今日展開されている新しい社会運動、それには、文化的運動から経済的な取組まで含まれているが、それらの運動が、自らの位置を相互に了解していけるであろう。
 従って、今ここで公表する綱領草案は誘い水である。それぞれの運動体は、自らの綱領や宣言をもつ時期に来ている。そのことが可能となる方向に全体を媒介していけるような文書の起草を目指したい。

 

(A)信用資本主義の成立


(1)20世紀の資本制的生産の発展の歴史的特徴は、労働の社会化に対抗する資本制的外被の社会化の進展にあった。
(2)1971年のニクソンによる金・ドル交換停止に端を発した、管理通貨制から変動相場制への移行は、資本制的外被の社会化を極点にまで押し進める新たな出発点となった。
(3)変動相場制への移行は、ブルジョア社会の国家形態による総括を脱力化する経済的諸条件をつくり出した。ユーロダラー市場が民間の国際金融市場として巨大となり、各国通貨当局の力を脱力化していくなかで、資本の輸出が国家間での資本の国際的移動にとって代わられた。多国籍企業を土台とした多国籍銀行をはじめとする金融機関が、オンラインシステムで結びついた国際金融市場を発達させる事で、遂に国境にとらわれない世界単一の資本市場が形成された。
(4)世界単一の資本市場の土台は、生産の集積によって形成された。今日、資本制的大企業が多国籍企業となり、世界的寡占を実現し、その売上額は中位の国家の国民総生産と肩を並べるほどの巨額なものとなった。他方で、諸資本の競争による技術革新は、コンピュータの発達による情報革命をもたらし、従来銀行等の金融機関が私的に所有していた支払決済システムをオンラインで結びつけて、単一のネットワークに連結し、支払決済システムを私的所有の枠の中での臨界にまで社会化した。
(5)世界単一の資本市場が形成されたことにより、その政治的代表部の形成が進んだ。グローバリゼイションがその合い言葉であった。アメリカ政府は、国民国家USAの政治的代表部でありながら、同時に、世界単一の資本市場の政治的代表部として機能しつつあり、先進国サミットを主催している。また、GATTをWTOに改組し、IMFや世界銀行の再編や国連へのてこ入れを始めている。
(6)世界単一の資本市場が形成されたことにより、資本主義は、信用資本主義の段階に入った。債権・債務関係が信用の原基形態であるが、この原基形態の上に貨幣取扱業が発達し、資本の商品化が進み、信用制度を形成する事で、資本が現実資本と架空資本とに自己を分化させ、資本制的外被を社会化させてきた。従来、架空資本と金融市場は現実資本の蓄積のための手段として機能しており、それは、現実資本の景気循環の振幅を増大させてきた。ところが、単なる貨幣請求権である架空資本が変動相場制の下で国民国家の規制から脱出し、世界単一の資本市場へと自己を組織したことで、現実資本の蓄積が、架空資本の運動に左右されるようになったのである。

 

(B)世界の三層分化


(7)信用資本主義の支配の下で、世界はグローバル、国民国家、ローカルの三層に分化しつつある。
(8)グローバルは、世界単一の資本市場に組織されている多国籍企業及び多国籍金融機関から成り、アメリカ政府やWTO、IMF、世界銀行、国連などを政治的代表部として組織しようとしている。国民国家は、グローバルとローカルの中間に位置し、双方に解体されつつあるが、国連や、EUの形成を通して、国民国家のグローバルなネットワークを形成しようとしている。ローカルは、生命系のエコノミーを核としている。このローカルもグローバルな結びつきを形成している。
(9)グローバルな企業が展開する産業部門において、従来は、一国数社の寡占が形成されていたが、信用資本主義の下での諸資本の競争の激化により、世界的規模での数社の寡占へと進みつつある。また、科学技術の発達は、コンピュータによる情報革命をもたらし、バイオテクノロジーを実用化させ、生物の生命活動そのものが資本の価値増殖の手段となりつつある。
(10)進行しつつある世界の三層分化は、先進国、中進国、第三世界という、従来の世界の区分を再編した。グローバルが形成しようとしている政治的代表部は、国民国家とは異なり誰からも選出されていず、従って、誰に対しても責任を負ってはいない。それゆえ、グローバルが展開しようとしている見さかいなしの価値増殖の運動は、必然的に、ローカルの実体である生活者の国境を越えたグローバルな対抗運動を多種多様に生み出している。
(11)世界の三層分化にもとづくグローバルに対抗する、生活者のグローバルな対抗運動が形成されることで、地球環境問題が、生活者の問題解決型の運動をうみだしている。生物は、生命活動という代謝を通し太陽光と地球上の物質を土台にして、地球環境を形成していく主体として、強力な環境形成力を発揮してきた。生態系にしても、個体としての生物にしても、また、細胞やDNAといったミクロの領域にしても、全て、自然界における物質循環を遂行することで、地球環境それ自体の形成力として作用して来たのである。ところが、労働力が商品化することで、産業資本が生成され、価値が剰余をともなって循環する資本の蓄積が始まった時、それは、古代の都市文明とは比較にならぬ程の大規模な人工生態系を形成していった。環境危機の本質は、資本の蓄積が価値の循環に物質の循環を従属させているところにある。資本は価値増殖が可能であれば、環境破壊をいとわない。乱開発や産業廃棄物の大量廃棄はもちろんのこと、農薬やプラスチックを始めとする合成化学物を大量生産、大量消費、大量廃棄することで資本が蓄積されてきた。
(12)グローバルにとってはローカルなもの、つまり、価値増殖の領域外と見られているものは、実は自然力という生産力である。太陽光、水、空気、土、それに微生物、植物、動物、これらは存在そのものが生産力である。この自然の生産力を土台にした生命系のエコノミーは、グローバルから見れば賃労働者の再生産過程であり、グローバルの関心外のことである。ある時間を無報酬で資本家のために働くかぎりで、自分の生活のために働く事を、すなわち生きる事を許されている賃労働者は、資本の蓄積が価値の剰余をともなった循環であり、そしてそれが強力な環境破壊力としてはたらいていること、そしてこの環境破壊力は、賃労働者の生命活動そのものを破壊しているという事実に直面している。
 この意味でローカルは、単なる地域ではない。それは生命系のエコノミーであり、資本の蓄積が引き起こしている問題の解決だけでなく、資本というシステムそのものを変えていける、もう一つのグローバルである。

 

(C)新しい社会運動


(13)信用資本主義の成立は、国家権力の奪取をめざした従来の共産主義運動に代わる、新しい社会運動を台頭させている。
(14)従来の共産主義運動を社会革命の戦術というレベルで特徴づけるとすれば、それは政治的意志の力で、商品、貨幣、資本を廃絶しようとする試みであり、脱商品化の路線の一つとして捉えることが出来る。これに対し、新しい社会運動は、商品から貨幣を生成させる商品所有者たちの無意識のうちでの本能的共同行為を無用とする社会的諸関係を迂回して形成する事で、商品、貨幣関係を死滅させる戦術を作り出しつつある。これは、商品や貨幣や資本といった価値形態がもつ物神性の裏にある物象化、すなわち、人格の意志を支配する力を削いでいく脱物象化の路線である。
(15)20世紀の資本主義は、商品、貨幣、資本を脱物象化する社会運動を登場させる諸条件をつくり出してきた。コンピュータの発達による情報革命は、個々人の支払決済の口座を共同で管理する協同した諸個人を形成する技術的条件をつくり出した。それはまた、製造業におけるオートメ化を進め、産業資本の社会化を極端にまで押し進め、営利のための組織として機能している巨大株式会社を非営利の事業体に転化させる物質的諸条件をつくり出している。さらに、消費の部面では、生活者が必要な情報を獲得し、自らの消費について主体的に決定しうる可能性をつくり出した。
(16)資本の運動は、資本の直接的生産過程、資本の流通過程、資本制的生産の総過程とから成る。1990年代の運動の諸経験は、それぞれの分野での脱物象化の運動論をつくり出した。
(17)資本の直接的生産過程では、資本に雇用されない「もう一つの働き方」をつくり出し、これを拡大していくことで、資本による剰余価値の生産の領域を狭めていくことが可能となった。
(18)資本の流通過程では、最終消費市場に購買者として現れる労働者、農民、市民が消費の選択をすることで、資本による剰余価値の実現を無化することが可能となった。
(19)資本制的生産の総過程においては、既成の資本の信用制度とは別に、労働者、農民、市民が自らの口座を共同で管理する支払決済システムを新たにつくり出すことで、今日社会全体におよんでいる資本の信用制度の支配力を制限していくことが可能となった。

 

(D)協同思想にもとづく運動と組織


(20)信用資本主義の下でのグローバルな資本の支配に対する、ローカルのグローバルな新しい社会運動の台頭は、協同思想にもとづく新たな運動と組織を形成しつつある。
(21)ブルジョア社会が国家形態によって総括されている段階でのプロレタリアートの階級闘争は、民主主義の要求にもとづく大衆運動を通しての政治革命を担う勢力の拡大が一般的であった。しかし、ブルジョア社会が生命系のエコノミーをローカルに封じ込めたまま、グローバルな社会として形成された時、形成されつつあるブルジョア社会の政治的代表部を規制する世界市民は不在のままである。
 国家の外の領域では民主主義は通用しない。世界単一の資本市場の政治的代表部の赤裸々な価値増殖欲に対しては、民主主義的要求では運動を組織できず、新たなタイプのグローバルな実力闘争をも含んだ対抗運動が展開されている。
(22)時代は、政党と民主主義という国民国家を前提とした政治からの脱皮を要請している。そして今、あらためて協同思想が顧みられなければならない。
(23)民主主義とは、もともとブルジョア独裁の国家形態のことを指すが、民衆にとっては、個人としての自己の権利を支配階級の抑圧から防衛する抵抗の原理たりえた。とはいえ、その原理は、あくまでも商品交換を土台とする市民社会の枠にとらわれていた。
(24)これに対し、協同思想は、諸個人が連合(アソシエート)していくことを原理としている。現時点での協同思想の担い手である協同組合は、共同して出資し、運営し、労働あるいは利用することで成立している。これは、資本制的外被の極点までの社会化のゆきつく先の向こう側に、全世界を引き受けうる次世代の経済システムとしての意義をもっている。
(25)協同思想は従来、相互扶助と捉えられ、その愛他思想は、他者の欠けているところを補う事をその内容としていた。政治的意志統一を第一義におく従来の運動に代わる、欠けているところを補いあう協同思想にもとづく戦線が、生命系のエコノミーをグローバルな規模で脱物象化していくことで、資本制的生産様式の葬鐘を打ち鳴らすことができよう。

 

(E)伝統的な共産主義運動を超えて


(26)政治権力を奪取するところからしか社会革命は始まらないとする、伝統的な共産主義運動の戦術は、封建社会で開始されたブルジョア革命を、プロレタリア革命にまで永続させるという、永続革命論から出発している。
 永続革命の戦術が1917年ロシアで成功し、その後、ソ連邦が成立し、ボリシェビイキ党のもとに第三インターナショナルが形成され、世界の共産主義運動を鼓舞した。これによって引き起こされた資本主義の危機に対応し、ブルジョア階級は、資本制的外被を社会化することで体制を維持してきた。
(27)次に、一国社会主義論のもとに成立したソ連邦のスターリン主義体制は、政治権力を掌握しているにもかかわらず社会革命を完遂する事が出来なかった。もともと、共産主義運動の理念は、階級の廃止であり、その土台となっている商品、貨幣、資本の廃絶であった。スターリン主義をはじめとする既成の共産主義運動は、この共産主義の理念を実現する実践的展望をもつことができなかった。
(28)商品からの貨幣の生成が、商品所有者の無意識のうちでの本能的共同行為による、という価値形態の論理に従えば、政治権力という意志の力でこれを廃絶しようとすること自体に背理が含まれていた。
(29)脱商品化ではなく、脱物象化の運動が形成されていくことで、商品、貨幣、資本の廃絶の実践的展望が明らかにされた。政治権力を獲得するはるか以前から、資本と国家に対抗する運動を、脱物象化されたアソシエーションを軸として形成していくことで、社会革命を日々押し進め、同時に、国家の政治的権力を脱力させていくことが課題となっている。

 

綱領草案(骨子)と解説について


 新たな社会運動の綱領は、一枚の絵にして、街頭や居酒屋にかかげておくというのが私の夢です。人々は忙しく、生活に追われながらもそれぞれの分野で活動し、時々チラチラとこの絵をながめています。そのうち、現実の方がだんだんこの絵に近づいてきました。そこで突然、この絵に描いてあるように、人々が手を結び合うようになる。ここに、社会革命が実現される。
 ということで、綱領は、短かければ短いほどよい。しかし、理論水準は、断じて下げるべきではない、というのが私の意見です。ですから、当然、長い解説が必要だということになります。私自身は、1年位かけて、この草案自体の検討と同時に、解説の方も仲間と共同で作成していきます。
 ところで、アソシエ21関西でのこの草案の扱いですが、私は、それぞれがこれを出発点にして、それぞれのやり方で肉づけし、それぞれの綱領を作成して欲しいと考えています。メンバーの数だけ綱領があってもよい。こうした作業を交叉させることで、本当に役に立つ理論が創造されていくでしょう。

 最後に、解説はまだ書けていませんが、解説の役割を果せる既成の文書を紹介しておきます。この他にも多くの文書があると思います。どんどん紹介して下さい。

 

参考文献


1)柄谷行人著『可能なるコミュニズム』太田出版
2)デビット・コーテン『グローバル経済という怪物』シュプリンガー東京
3)ヴァンダナ・シヴァ『緑の革命とその暴力』日本経済評論社
4)ジュレミー・ブレッカー『世界をとりもどせ』インパクト出版会

上記については、書店で買って下さい。

 

​閲覧者数