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       縮小社会研究会/母なる地球を守ろう研究所連続セミナー 労働者協同組合学習会
    第2回報告 21世紀の協同組合論 境 毅(生活クラブ京都エル・コープ)
                      連絡先:sakatake2000@yahoo.co.jp

 

目次

21世紀の協同組合論

1.労働者協同組合設立は、まず設立準備活動から

① 発起人会を発足させる

② 法律の趣旨を踏まえる

③ 事業計画を作る

④ 設立趣意書を作成する

2.前回の報告の意味

3.21世紀の協同組合運動とは

① ICAの新しい協同組合原則

② 協同組合のイロハ

4.背景にあるレイドロウ報告を学ぶ

① レイドロウ報告とは

② 協同組合運動の三つの危機

③ ロッチデール原則

④ 思想上の危機

⑤ 危機克服の将来構想

⑥ 変化とプランニング

5.より良い別の世界を創ることをめざした私の想い

① 商品という蛹のなかでの変態の推進

② 協同と民主主義との違い

③ 商品から貨幣が生成される仕組み

④ 資本主義とは何か

⑤ 市民社会のなかに文化的陣地をつくり出す

⑥ 下からのグレート・リセットの保障としての地域通貨などの地域内循環

 

21世紀の協同組合論

 

1.労働者協同組合設立は、まず設立準備活動から

 

① 発起人会を発足させる

 労働者協同組合法が成立しました。皆さんこれからこの法の下で労働者協同組合をつくろうと考えてみてください。そのような観点から本日の報告をさせていただきます。

 まず、有志を募って設立発起人会を立ち上げます。その際に設立趣意書が必要です。発起人会では定款も作らなければなりませんが、こちらの方は当局が模範定款を作りますので、それを引き写せばいいのです。勝手に独自なものを作ってもいいのですが、法律の内容と齟齬が出たりすると認められませんので模範定款でいいと思います。

 

② 法律の趣旨を踏まえる

 法人ですから根拠法から逸脱はできません。労働者協同組合法第一章 総則(目的)第一条は次のように述べています。

 「この法律は、各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就労する機会が必ずしも十分に確保されていない現状等を踏まえ、組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織に関し、設立、管理その他必要な事項を定めること等により、多様な就労の機会を創出することを促進するとともに、当該組織を通じて地域における多様な需要に応じた事業が行われることを促進し、もって持続可能で活力ある地域社会の実現に資することを目的とする。」

 法律全文は次です。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=502AC0000000078_20221210_000000000000000

 

③ 事業計画を作る

 NPO法人の場合は、特定非営利活動として活動分野が指定され、多くは事業にはならないような活動が多いので、あまり考えずに申請できますが、協同組合の場合はいかなる事業を選択するかは大事な問題です。その際に法の趣旨を踏まえつつ「共通の経済的・社会的・文化的ニーズ」をくみ上げて具体化していく必要があります。また、この法律では、働く人々は労働契約を結ぶことになりますから、最低賃金が保障できるような事業内容となります。

 ひとつの選択肢は、私が高槻市でやっているような障害福祉サービス事業を構想することです。この場合スタッフが組合員で、利用者は非組合員となります。ハイブリッドな労働者協同組合ですね。あと、ヨーロッパでは自治体が仕事を保証したりもしています。日本ではこれは無理なので、介護保険事業とかもありうるでしょう。あと農業の分野では出荷組合ですね。

 あと事業をやるには経理担当者をきちんと用意しなければなりません。外部委託もできますが。

 

④ 設立趣意書を作成する

 設立趣意書は、法の趣旨を踏まえたうえで、今日のさまざまな社会問題の解決をめざすために***の事業を始める、という内容になりますから、社会の現状把握とともに、解決可能な諸問題をあげて、それをどのように解決していくかということを簡潔に述べなければならないでしょう。

 「共通の経済的・社会的・文化的ニーズ」をくみ上げて、それを事業化する必要性を訴えるものとなります。

 

2.前回の報告の意味

 

進行しつつある資本によるグレート・リセットに対抗して、テレストリアルからのグレート・リセット構想を作るというアイデアは、実は1月23日に縮小社会研究会で行われた少人数での勉強会を準備する過程でひらめいたものです。それがだんだん明確になってきて、2月22日の第1回の報告となりました。自分でもあのような内容になるとは予想もしていませんでした。そこで明らかにできた事柄は、現代の社会は世界リスク社会であること、そして社会変革は、従来型のパターン(変容)ではなくて「変態」となること、そしてリスク社会では、科学技術によるサブ政治が横行し、これのもたらす被害に対しては、下からのサブ政治が必要なこと、でした。私としては、この趣旨を設立趣意書作成に生かしていけるのではないかと考えています。

 特に変態という把握は、蛹が蝶になるというイメージですが、実は蛹は外部から見ればずっと同じ形ですが、内部では有機的な変化が行われています。資本主義社会の商品という蛹の中でグレート・リセットという有機的変化を引き起こし、来るべき変態に備えるという考え方は事業系の社会運動にとって、その役割を認識するのに役に立つのではないでしょうか。

 

3.21世紀の協同組合運動とは

 

① ICAの新しい協同組合原則

 国際協同組合同盟(ICA)100周年記念大会で採択した(1995年9月、マンチェスター・イギリス)21世紀に向けた世界の協同組合の活動指針を示す新しい協同組合原則

 

定義

 協同組合は、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的ニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人々の自治的な組織である。

 

価値

 協同組合は、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、そして連帯の価値を基礎とする。それぞれの創設者の伝統を受け継ぎ、協同組合の組合員は、正直、公開、社会的責任、そして他人への配慮という倫理的価値を信条とする。

 

原則

協同組合原則は、協同組合がその価値を実践に移すための指針である。

 

(第1原則)自発的で開かれた組合員制

 協同組合は、自発的な組織である。協同組合は、性別による、あるいは社会的・人種的・政治的・宗教的な差別を行なわない。協同組合は、そのサービスを利用することができ、組合員としての責任を受け入れる意志のある全ての人々に対して開かれている。

 

(第2原則)組合員による民主的管理

 協同組合は、その組合員により管理される民主的な組織である。組合員はその政策決定、意志決定に積極的に参加する。選出された代表として活動する男女は、 組合員に責任を負う。単位協同組合では、組合員は(一人一票という)平等の議決権をもっている。他の段階の協同組合も、民主的方法によって組織される。

 

(第3原則)組合員の経済的参加

 組合員は、協同組合の資本に公平に拠出し、それを民主的に管理する。その資本の少なくとも一部は通常協同組合の共同の財産とする。組合員は、組合員として 払い込んだ出資金に対して、配当がある場合でも通常制限された率で受け取る。組合員は、剰余金を次の目的の何れか、または全てのために配分する。

・準備金を積み立てることにより、協同組合の発展のため、その準備金の少なくとも一部は分割不可能なものとする

・協同組合の利用高に応じた組合員への還元のため

・組合員の承認により他の活動を支援するため

 

(第4原則)自治と自立

 協同組合は、組合員が管理する自治的な自助組織である。協同組合は、政府を含む他の組織と取り決めを行なったり、外部から資本を調達する際には、組合員による民主的管理を保証し、協同組合の自主性を保持する条件において行なう。

 

(第5原則)教育、訓練および広報

 協同組合は、組合員、選出された代表、マネジャー、職員がその発展に効果的に貢献できるように、教育訓練を実施する。協同組合は、一般の人々、特に若い人々やオピニオンリーダーに、協同組合運動の特質と利点について知らせる。

 

(第6原則)協同組合間協同

 協同組合は、ローカル、ナショナル、リージョナル、インターナショナルな組織を通じて協同することにより、組合員に最も効果的にサービスを提供し、協同組合運動を強化する。

 

(第7原則)コミュニティへの関与

 協同組合は、組合員によって承認された政策を通じてコミュニティの持続可能な発展のために活動する。

 

② 協同組合のイロハ

 生活協同組合では、出資・利用・運営への参加。運営では、執行役員を選出する総代会の総代選出への参加と、総代会での一人一票制。

 労働者協同組合では、出資し、働き、運営に参加する。総会は出資額を問わず一人一票。

 

4.背景にあるレイドロウ報告を学ぶ

 

① レイドロウ報告とは

 レイドロウ報告(『西暦2000年における協同組合―レイドロウ報告』、日本経済評論社、1989年)

 レイドロウ報告とは何かというと国際協同組合同盟の27回大会での報告です。国際協同組合同盟というのは、通称ICAと言いますけれど、92年、第30回大会が東京でありました。何故東京であったかというと、日本の生協の班別共同購入の活動が注目されたのです。ヨーロッパの生協とは違うということなのです。ヨーロッパの生協は店舗だけです。それで規模が縮小してきている。ところが、日本の生協は70年代以降伸びてきている。それで、日本の生協に学ぼうという意味もあって、東京で開かれたのです。

 それはさておき、第一回大会が1895年にロンドンで始まって、以降オリンピックと一緒で4年毎に開かれている、協同組合の国際組織です。27回大会はモスクワで開かれて、この時レイドロウという人が、カナダの人ですが、「西暦2000年における協同組合」という報告をしたのです。通常大会の報告というものは読みにくいもので、様子が分からないとよく理解できないところがありますが、この報告は、きわめて率直な報告でして、特にヨーロッパでの消費生活協同組合が、例えばダイエーのような巨大スーパーに負けていって、立ち行かなくなって倒産したり、株式会社に身売りしたりするようなことが起こっている現状を、三番目の危機と捉えて、これをどう克服するかということを提案したのです。これによって、21世紀の協同組合のイメージを創り出そうとしたものです。これは私は非常に優れた文書ではないかと、考えています。

 

② 協同組合運動の三つの危機

 レイドロウ報告は、協同組合運動に三つの危機があったということを言っています。その内容ですが、第一の危機は協同組合が発足したばかりの時、組合員の信頼を得られるかどうかという問題があった。ですから、それを「信頼性の危機」と呼んでいます。二番目に一定の市民権を得た段階で、果たして経営していけるかどうか、ということが問題になったと、いうことです。ですから、二番目の危機は「経営の危機」ということです。そして、これを一定程度解決して、資本主義社会の中でも協同組合がひとつの経営体として経営していけることが明確になった段階で出てきたのが、「思想上の危機」だとされています。ほぼ、60年代からヨーロッパの生協の場合はどんどん潰れていっているのですが、特に70年代のヨーロッパの協同組合運動の弱点をとらえて、思想上の危機であると言いました。そして、それをどういう風に克服するかということで、いろんな提案をしているのが、レイドロウ報告の内容です。

 

③ ロッチデール原則

 次に一応、協同組合運動のイロハとして、出てくる「ロッチデール原則」というのがあります。これが実は「信頼性の危機」を救ったと言われています。1844年に「ロッチデール公正先駆者組合」が設立され、オーエン主義的な共同体思想を掲げたけれども、消費組合の店舗経営を実践して、「ロッチデール原則」というのを決めました。そしてこれが5点にわたっています。

(1)目方や品質を正しくする。

(2)掛け売りはしない。

(3)代金は引き渡しと同時に支払う。

(4)剰余は購買高に比例して配分する。

(5)出資金に対して3.5パーセントの利子を支払い、配当は四半期毎に行う。

 この組合を調べてみて、びっくりしたのは1844年から10年間に組合員数が50倍、基金総額は400倍、事業量は637倍、剰余が100倍です。それだけじゃなくて、みんな預金が出来ているのです。その理由を考えてみると、その当時流通業で資本家的経営というものがほとんどなかったのです。ではどのようにしていたかというと、工場主が自分の敷地に店を構えて、そこで掛け売りで労働者に生活必需品を売っているのです。そこの商品は、まぜものをしてあったり、いいかげんなものを売っていたのです。それに掛け売りですから、定価より高かったたりします。ですから、商業利潤というのが随分高かったということがあって、ロッチデールが成功した理由は、正価で品質も良いものを売って、掛け売りをしなかったことです。そうなると、組合員になろうとしたら、労働者はライフスタイルを変えなければならないのです。工場で働いて、貰った賃金を買掛金でほとんど持っていかれる、という不安定な関係がロッチデールの組合に参加することによって経済的に家計が自立していくのです。購買高配分と出資配当があるわけですから、どんどん貯金が出来ていくのです。これは何故かというと、当時商業資本が未成熟だったので、商業利潤が高いからできた、と言う風にみるしかないですね。

 このように急激に成長したおかげで、協同組合が信頼感を持ってきました。それ以降、消費協同組合が協同組合の主流になっていきます。これで「信頼性の危機」が「ロッチデール原則」よって克服されてきたというのが通説です。しかし、これはちょっとおかしいと言いますか、協同組合をそこだけで見るのはおかしいのではないかという反論もあります。これについては、ポイントだけ言うと、オーエンが何を考えたかというと、やっぱり社会変革です。社会変革をするために共同体を作ろう。協同組合運動を通して社会変革をしようという目的を持っていたのです。ロッチデールの原則は、先ほどいったのですが、これだけではなくて、こういう運動を通じて共同体を作ろうと宣言しています。ところが、このような宣言がなされていたということが、以降の歴史家によって無視されてきまして、結局協同組合が企業として生き残れてきたひとつの先例としてしか見られていないということは問題じゃないかと、最近では言われ始めています。

 とりあえず、ここで頭に入れておいてほしいことは、協同組合思想というのはロバート・オーエンから始まるということと、初期の協同組合における危機は、信頼性の危機であって、これをロッチデール原則によってのりこえ、今日の生活協同組合があるということです。

 

④ 思想上の危機

 「経営的な危機」というのが30年代までありましたが、第二次大戦までに克服されて、第二次大戦後には協同組合運動は新たに発展していきます。例えば、英国は、ある時期まではICAの指導的な国でした。協同組合運動の中心的な国であると認められていました。組合員数と市場占有率を見ると、44年あたりから60年ぐらいまでは右肩上がりで伸びています。ところが、64年を境にしてどんどん落ちていっています。ピークの時が市場占有率で12%弱までいって、組合員数では1200万までいっていたのですが、以降ずっと落ちていっています。

 この傾向は50年代から始まって、ヨーロッパの大きな生協が潰れ始めます。70年代になりますと、ECによる市場統合の動きが始まって小売業の分野にも独占資本が乗り出してきて、例えばオランダ、ベルギーなどで生協の崩壊が始まり、80年代ではフランスで協同組合事業連合会が倒産し、ドイツでは連合組織が倒産しました。それから、米国ではバークレー生協が、これが米国最大の生協だったのですが、倒産しました。それから、東ドイツの生協は旧体制の下では市場占有率が30%ありましたが、自由化・市場経済化の下で5%になっている。ということで、どんどん潰れていっています。このように生協が一時期支配的になって以降、急速に落ちていっているということに対して、どう対処するかということが、レイドロウ報告のポイントだったのです。

 

⑤ 危機克服の将来構想

 それでは、そこで何を提案したかと言いますと、「思想上の危機」に対して大きな協同組合の弱点を克服する視点と、小さな協同組合の意義を明らかにして、多種の協同組合による協同組合地域社会を構想しました。大きな組合は組合員のアイデンティティがない、組合員が協同組合に入ってそこで社会に対して貢献しているという意識がないのです。だから、協同組合を守っていこうとしなかった、と。そのような、「思想上の弱点」をどう克服するのか、という問題です。と同時に、小さな協同組合というのも意義がある、と言います。これは実は背景がありまして、50年代に多国籍企業が商業分野に侵出してきた時に、生協は何をしたかというと、生協も事業連合して統合しようということになったのです。それで、先に言った70年代80年代に倒産しているのは、実は連合会です。個別の単位生協ではなくて連合会です。そこで、統合だけではだめで、小さな生協が見直されてきたことを明らかにしたのです。

 次の問題は、小さな協同組合は単にそれだけではなくて、いろんな種類の協同組合がつながりあって協同組合地域社会を作ろうという展望を出しました。そこで、将来の選択というところで、四つの優先分野を出しました。第一優先分野が世界の飢えを満たす協同組合、第二分野が生産的労働のための協同組合、第三分野が保全者社会のための協同組合、この保全者という訳語が何のことか分からないですが、これはたぶん環境にやさしいという意味だと、つまり使い捨てをしないということだと考えられます。地球環境を保全していくような社会の中の協同組合ということになります。第四分野が協同組合地域社会の建設。この協同組合地域社会というのは、社会全体が協同組合になるという風なイメージではなくて、狭い地域という領域では、出来るのではないかというイメージで考えられています。したがって、これらの優先分野で小さな協同組合が連合して、地域社会を作っていく、ということがレイドロウ報告の特徴です。

 80年代後半になって、新しい生協を作ろうということで、協同組合の理念はどういうものかという観点から調べていて、この報告からヒントを受けたというのはどこかというと、ひとつは協同組合地域社会を作ろうということ、これはおもしろいのではないか、と。それから、労働者の協同組合、生産協同組合も出来るのだということ、具体例はモンドラゴンですけど、あっそうか、と納得したのです。その後、モンドラゴンの研究をしながら、現時点で協同組合を作ることの意義を考えてきました。

 

⑥ 変化とプランニング

 この報告のもうひとつの特徴は、変化とそれに対する対応について詳しく述べられているところにあります。それは時代の変化に合わせた協同組合運動のプランニングでした。このプランニングの方法は、そのまま採用できるものです。「現代は不確実性の時代」(27頁)であると指摘した報告は、これを変化と捉えて次のように述べています。

 「変化というものが現代社会の支配的な特徴となっており、変化を恐れそれに抵抗する組織をも含めて、ほとんどすべての組織に深刻な影響を現在及ぼしているということを、われわれはもちろん承知している。」(29頁)

 ではこのような変化の渦中での協同組合にとっての変化は如何にあるべきか、その指針について報告は次のように回答しています。

 「むしろ一定の状況のなかで捨てるべき要素を選別し、適切で基本的なものを守らなければならないとうことである。第二に、変化が避けられない場合、協同組合はその変化の方向を変え、最も望ましい方向へ導くよう、あらゆる可能なことをやらなければならない。」(30頁)

 変化といえば、一番大きいのは個人化です。高度成長期を終え、消費社会の成熟を迎えた1980年代以降、日本でも人々の個人化が進みました。生協にとってはこれは班配送の減少と個配の増大となってあらわれてきています。協同組合が守るべき基本的なものは、組合員活動であり、配送の形態ではありません。個人配送が増大しているという現実のもとで、どのように組合員活動を進めていけるか、知恵の絞りどころです。

 ところで変化は主として外部からもたらされます。「組織は・・・・外的な力によって変わる」(31頁)というよりは変えられてしまいます。外的な力に対してどのように自らを変化させていくか、これはプランニングの領域ですが、プランニングについて報告は次のように述べています。

 「協同組合がその原則と理想に調和するような政策や活動の手続きを新たに策定しようとする場合、最善、かつ最も生産的なプランニングを行うことが多いということである。」(32頁)

 変化に対応するときに、捨てるべき要素と守るべき要素とを決めること、また変化の方向を望ましい方向へ変えていくこと、このような観点からのプランニングの方法は、協同組合がその原則と理想に調和するような形で、政策や活動の手引きを策定することです。次にプランニングの方法ですが、報告は次のように述べています。

 「プランニングの第二のポイントは、計画の策定へできるだけ多くの関係者を、特に最終的な利用者を参画させることである。・・・・第三のポイントは、プランニングは高いレヴェルだけでなく、末端のレヴェルでも行わなければならないということである。」(32頁)

幅広く参加を募ることと、末端のレヴェルでも参加の道を開いておくことです。これに付け加えて次のような問題提起もあります。

 「まったく新しい考えや概念をプランニングにおいて試してみる用意をしておかなければならない。」(33頁)

 恐らくいま私たちに問われているのはこの、新しい考えや概念をまとめ上げプランニングに生かしていくことでしょう。ではどのような考えや概念が求められているのでしょうか。報告は未来について次のように述べています。

 「1980年から今後を見通してみると、人類は記録に残るすべての歴史でかつてなかったような危険なところに立っているのがわかる。」(34頁)

 ここで念頭に置かれているのは恐らく、核戦争、資源枯渇、貧富の格差拡大、飢えている人々の増大といったことでしょう。いまではこれに付け加えて、社会主義の崩壊による未来像の欠落、グローバルな資本の権力と金融権力とへの対抗の試み、気候変動、局地戦争、などがつけ加わります。

 「協同組合運動の中心的な目的は、より良い別の世界を創ることを支援することだからである。」(34頁)

 このより良い別の世界の世界像を作り上げることから、新しい考えと概念の創造は始まるのかもしれません。その際に協同組合の原則と理想が踏まえられねばならないでしょう。

報告は、協同組合は、国家の所得再配分の機能は持たないので「協同組合は制御することができない貧困というような状況には、責任をもつことはできないのである。」(35頁)と述べたうえで、「政治的変革に対し、それが望ましいことであっても、協同組合は変革のための強力な機関として行動することは一般的にはできない。」(35頁)と述べています。これは当然にも念頭におかれなければならない事柄です。

 興味をひかれるのは、計画策定時に「組合の適切な発展に必要な好ましい状況の存在を想定するのが一般的」(35頁)だがこれではだめだとしている点です。逆境を予想し、困難な状況の下での方針の確定が求められているのです。ピンチはチャンスということでしょう。

 

5.より良い別の世界を創ることをめざした私の想い

 

① 商品という蛹のなかでの変態の推進

 労働者協同組合を設立し、雇い雇われる関係(労働力の商品化)がその内部では廃止されたとしても、市場経済は持続していますから、この協同組合も商品交換関係という蛹のうちにあります。もともとのマルクスの展望は、資本主義社会を変革するには商品・貨幣・資本の廃止が必要というものでした。変態ではなく変容という従来の理解では、国家権力をとって政治の力で変容させていくということになります。しかし、ソ連・東欧諸国の崩壊によってこの理論は力を失いました。代わって、商品という蛹の中での変態をめざした活動が問われるようになってきたのです。

 今の人間の生活というものは、商品とか貨幣とか資本と関係することで始めて生活しているということです。ですから、お金あるいは商品が人間の社会性を代表しています。今の社会では、お金がなかったら社会人ではないということになります。そうすると、そういうシステムから抜けるのは簡単ですが、抜けた人がどうやって社会性を持つのかという問題があります。抜けた人同士がお互いに社会性を持てないという風になりがちだということは、それでは支配的な文化にはなれないということです。つまり、それだけでは次の文化になっていかない、ということになります。

 そこで、商品とか貨幣が何故存在しているのか、ということを解明することが必要になります。これが非常に大きな問題でして、もしここにいる我々が「これこれを貨幣にしよう」と言って決めているのでしたら、「これはやめた」といってやめられるのですが、どうもそんなことでは商品や貨幣はなくせないのです。そうではなくて、商品とか貨幣に自分の意志を預けているという現実がある。すると、商品とか貨幣とかが人間的な主体性を持っていて、我々はただ向こうの言うことに従っているだけの存在になっているのではないか、ということを実はマルクスが『資本論』初版の価値形態論で解明しているのです。そういう考え方で、今の社会の現状を見てみるとたいへんよく分かるのですが、現在の思想家はあまりこのことに気づいてはいません。

 

② 協同と民主主義との違い

 商品という蛹のなかで協同を実現する、ということが課題ですが、この協同とはどのようなものでしょうか。

 協同というのは人間の社会性を商品が代表しているという事に対しての異議申し立てになります。人間自身の社会的な関係を意識的に作るということが協同の原則です。ついでに言っておきますが、民主主義というのは市場ないしは商品と密通しているのです。商品とか市場の意識が民主主義です。民主主義と言う時に、個々人は独立しているのです。そして独立した個々人が社会的な関係の中でどういう風に意志を統一するかという時に、民主主義が使われるのです。一人一票で多数決と言っていますが、その民主主義が生まれてくる土台つまりそれが生まれてくるためには、どういうことが必要かを考えてみましょう。中世には民主主義はなかったのです。民主主義がなくても世の中うまく行っていたということですから、それは人間が民主主義を必要とするような生活をしてなかった。今は、生活が商品とか貨幣とか資本と関係しないと成立しませんから、民主主義がなかったら生活できないという構造になっているのです。

 そうすると、協同と言ったらどういうレベルの問題かと言ったら、人間の生活の仕方を変えることを通して、民主主義的なやり方とはちょっと違う形で人々が社会性を取り戻すという領域で行われていることです。そこで、問題は資本主義的システムに代わるシステムが協同組合的な社会だと言うのは簡単ですが、ではそこで如何にして移行するかという問題があります。その時に一番大変なのは、商品とか貨幣とかが人間の意志を支配しているという問題です。

 

③ 商品から貨幣が生成される仕組み

 どういうことかと言いますと、何故貨幣が生れてくるかということです。これも予備知識なしでぽんと言ってしまいますが、金が貨幣商品になると考えますと、例えばみなさんが商品生産者だったとして、本当は自分が作った商品でみんなのものを買えたら一番いいですね。しかし、みんながそれを主張したら、誰も買えないということになります。自分の作った物が貨幣だからこれで交換せよと言っても、誰も相手にしないです。そこで、ある日突然、みんなが心を一つにしてこの金とだったら交換してもいいという風に行動します。自分の作った商品を金で買えるようにするという共同の行為をしたら、金が貨幣になれます。これを言い換えると、商品からの貨幣の生成は、商品所有者たちによる無意識のうちでの本能的共同行為によるのです。ここで本能といっているのは、人間の本能ではなくて商品に備わったもので、この関係においては、人間は商品に意思支配されているのです。

 市場経済の恐いところは、こういうことを意識してやっているわけではないのです。貨幣を生み出す行為というのは、紀元前何年かに出来て、それ以降貨幣がずっとあるというのではなくて、毎日毎日我々が生みだしているのです。自分が物を作る生産者として、例えばスイカを作る生産者としてみると、市場に出すときスイカに値段を付けて売ろうとしますね。その人がやっている行為の客観的な意味は、スイカを金となら売って良いと宣言しているのです。あらゆる人がそういうことをするから、初めて金が貨幣になれるのです。つまり、貨幣というのはその瞬間その瞬間に作られている、という事で、商品生産者たちの関係の産物なのです。もし、誰も市場に物を持ち出さなかったら、関係が生れないから貨幣も生れないのです。貨幣とはそういう存在です。

 市場に生産物を出す時物を売りたいという意識はありますね。しかしその行動が、同時に貨幣を作っているのです。貨幣を作る共同行為に参加しているのです。結局、貨幣というのはみんなが同じ共同行為をするから成立するのであって、それは意識してやっているわけではないのです。何か仕組まれてそこに入って、結果として共同行為になっている。

 こんなことが分かっても、それじゃそれを潰そうかといっても出来るわけがない、そういう構造です。ソ連とか、特にカンボジアなんかは政治権力を取って、社会を変えようという風に考えたのです。昔の変容の時の考え方からすればそのようになります。そこで、何故うまくいかなかったかというと、商品や貨幣を政治的な力や意志の力ではなくせないのですね。何故なくせないかというと、それが代表しているのは人間の社会性ですから、人間の社会性を商品市場とは別の形で作らないとなくならないのです。もし、商品とは別の形で人間の社会性を作れたら、もうこれはいらないということで、商品や貨幣は自から引退するのです。

 

④ 資本主義とは何か

 労働者協同組合の原理は、労働力の商品化の廃止ですから、資本主義に抗しています。では資本主義とは何でしょうか。

 資本主義とはなによりも意志支配のシステムです。資本主義を意志支配のシステムと見ることで、『なぜ、私たちは喜んで資本主義の奴隷になるのか?』(ロルドン著、作品社)ということも明らかとなります。商品や貨幣や資本は、人々の目には物としてしか見えず、物に意志を支配されても人は自然法則への順応と考えて、これを利用しようとするのです。これが資本主義における物象化の根本なのです。

 次に、資本主義の害悪の特徴を述べてみます。物象に意志支配されている人々による支配隷属の関係では、支配者を特定できません。資本という物象をもつ人々は資本家階級を形成し、それをもたない人々は被支配階級となるのですが、支配・隷属の関係が自然法則の帰結のようにしか意識されないのです。人が人を支配するという、伝統的な階級という観念が崩壊します。

 さらに、このような意志支配の根底にあり、資本の死滅を防いでいる経済的隷属について注目しましょう。働く人が雇用されなければ、資本は死滅します。トヨタが朝門を開けても、誰も工場に来なければトヨタ資本主義は死滅するのです。しかし、雇われて働いている人は、雇われること以外の生計の道がありません。というのも生活手段を得るために必要な、農地や道具や機械類が手元にないからです。自分の労働力以外の生産手段をもっていないのが、雇われて働き、資本を増やすという、資本への経済的隷属から抜け出せない理由なのです。資本主義の存続条件は、働く人の経済的隷属にあることを理解することが資本主義の特徴を捉える理解の前提です。

 こうして資本主義のもとでは人々はこれを是正する提案を出すことが非常に難しく、資本主義の内部だけでなく、外部にも陣地を築いて対抗していくことが問われるのです。

 資本主義の支配の特徴が意志支配と経済的隷属にあるので、資本主義への経済的隷属から抜けようとすれば、雇われて働かなくとも生活できるシステムを作ることしかありません。資本主義のもとでも農民や小経営者などの自営業者は雇われて働いているわけではなく、あるいは働く人の 協同組合も、資本を増やしているわけではないのです。

 しかし、このもう一つの道は多くの困難に取り巻かれています。大勢がこの道に参加すれば展望は開けますが、現実はそうはなっていないのです。第一に、雇用されて働いている人々は、自分が資本を増やしているということが、見えず、資本の増殖はお金をもつことや、企業を経営することから生まれるように見えます。第二に、生活のための生産手段をもてないので、いやでも雇われざるを得ません。第三に、働く人の協同組合を作っても、市場での競争が厳しく、経営していくことが困難です。

 

⑤ 市民社会のなかに文化的陣地をつくり出す

 そこで文化に注目したいのですが、文化とは何かということが問題です。これは、ただ一元的にあるのではないのです。ある時代にいろんな文化があると考えてください。その時に、「文化運動」というものがあり、文芸とか小説とか絵とかといった芸術と思われがちですが、そういうものではなくて、人間がどういう風に生活しているかその生活の仕方、生活様式と言いますが、人間の生活の仕方が文化を発散しているという風に考えています。ですから、もちろん人間は思想的な存在ですから、いろんなことを言うことはできますが、しかしながら、言っていることの中身は自分がどう生活しているかということに拘束されています。自分の生活から離れたことを言うことは、所詮無理で、そこに拘束されている。その意味で、同じ様な生活をしている人間は同じ様な文化に包摂されている、と言えると思います。ですから、今だったらコンビニに行ってお昼ご飯を食べて生活をしている人と、まったくそういうことをしていない自給自足の人とは、言葉も通じないということになります。

 今の支配的な生活の仕方、つまりどこかに雇われてお金を稼いでそれで生活をしているということですが、そういう生活の仕方は、ひとつの文化を発信していると考えます。それに対抗する文化というのは、どういう風にして出来るかと言ったら、そういう生活からちょっと距離をおいて、従来の生活を変えて生活してみると、そこに新しい文化が生まれる、という感じです。これは実例があります。例えば、米国なんかでドロップアウトして、田舎にこもって共同体を作るようなことが、結構あります。そこからひとつの文化を発信している。

 しかし、その時に、今の社会が嫌で今の文化が嫌だと言うのだったら、みんな一人一人今の生活の仕方から離れていって、どんどんそうすると、全部変わるのではないかという考えもあります。しかし、抜けていくのはいいのですが、抜けていった人同士が今度は全然仲良くなれないという現実があります。実際、市場経済から抜けていって共同体作って、有機農産物を作っている人や団体同士が全然仲良くなれない、という問題があります。ですから、抜けていくことだけでは問題は解決しない。そこで文化の意味を問い直すことが必要です。

 商品という蛹のなかで変態を準備する陣地戦や迂回路は、政治的発信よりも文化的発信がふさわしいと思います。文化は如何に伝わるのでしょうか。説得ではなく感染による波及であり、「既成の感性的なものの分有」に亀裂を入れることによってです。そのためには理性にもとづく同一化ではなく、差異を前提とした感性的共感の力に頼るしかありません。文化の担い手としての労働者協同組合の発信方法の検討が必要でしょう。

 その際、対話のもつ意味が重要です。対話関係では聞き手にイニシアティブが生まれます。あるいは、見る側ではなく見られる側にイニシアティブがあるのです。相手から聞きだすことの重要性がここから生まれます。他者から話を聞いてもらえ、話しているうちに話者の考えは変わっていきます。自己と他者との対話関係の不思議がそこにあります。フーコーの監視社会論はこの事実を見てはないようにおもいます。フーコーのまなざしは、支配する側からのまなざししか見ておらず、これに対抗する支配されている側のまなざしの意味とそのヘゲモニー性とが理解されていないのです。

 対話関係では感性の交換が行われており、これに習熟することが大事ではないでしょうか。対話をもっぱら意志の伝達の場と考えると逃げられます。もっとも運営委員会等の機関での意志の伝達はまた別ですが。ひら場の対話関係で、感性の共有ができることで仲間作りの勧誘の条件が形成されます。それは新しい文化の担い手である労働者協同組合を上手く表現することから始まるのです。パフォーマンス、消費材、メディア、それぞれ得意技を磨くことです。

 陣地戦や迂回路を考える時に日本では官の壁があります。官の壁にどこから穴をあけ崩壊に導き、官のあり方の是正を成し遂げられるか、ということを考えておかねばなりません。ひとつの穴はエネルギーの自給をめぐる攻防です。もうひとつの穴は地域自治の陣地の形成であり、社会的連帯経済の発展が問われます。みっつ目の穴はグローバリゼーションとTPPに対抗する食糧主権=自給率向上のための産消提携の共同購入運動です。

 

⑥ 下からのグレート・リセットの保障としての地域通貨などの地域内循環

 地域内のお金と人の循環を考えましょう。お金の地域内循環、職住近接、相互扶助、といった事柄は労働者協同組合やその他の生協などとの産直運動で切り開いていけます。生協はクローズな流通を実現しており、資本主義がお金を吸い上げる市場からは相対的に独立しているのです。

 次に、雇われない働き方での仕事場を作り増やしていくことが大事です。非営利の経済組織(協同組合、NPOなど)による事業活動の連携と発展によって、社会的経済を構成する社会的企業等による社会的包摂の事業を展開することです。

 さらに、株式会社の非営利事業化を促進することも重要です。

これらの試みによって、対抗社会の形成が可能となります。経済的隷属からの脱出が形成する対抗社会は、商品から貨幣を生成する無意識のうちでの本能的共同行為が必要なくなるような交易関係を形成していきます。この流れは株式会社の非営利事業化を促進する程度にまで成長すれば、全世界的に資本主義の歯止めをかけることが可能となるでしょう。

            

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