「アルンダティとの対話 ― 創作活動とファシズム」(ローラ・フランダース著、脇浜義明訳)

                                                                                                                                                 出典:Z Communications Daily Commentary, January 5, 2019)

​   解題

 以下の文章は、作家で「ローラ・フランダース・ショー」司会者であるローラ・フランダースが、インド人作家・活動家で、『小さきものたちの神』や『帝国を壊すために ― 戦争と正義をめぐるエッセイ』という邦訳本を出しているアルンダティ・ロイをインタビューしたもの。ロイはThe Ministry of Utmost Happinessという新著を出した。なお註はすべて訳者によるものである。- 訳者

 

 「徐々に一人ひとりの人間、いや一つ一つのものになって、その位置から虐待の歴史を語る」。これは彼女の最新作『至福省』(仮題。The Ministry of Utmost Happiness)[1]の中の、私の心を打った一文である。作家としてのロイの力量 ― 私たちの多くが苦心してやろうとしていることを、彼女は見事にやってのけている ― は、多くの物語をうまく織り込んで一つに纏めることである。私は彼女の資本主義、民族主義、連帯、抵抗に関する作品について彼女と何回か話し合ったことがあるが、以下のインタビューもその延長である。特に最近反ムスリムの嵐を背景にして彼女が書いた新しい小説と、彼女の国インドで最近起こった性的マイノリティ対する劇的変化[2]について話し合ったものである。

 

 あなたは『至福省』を慰めようもないほど打ちのめされた人々に捧げると献辞していますね。実際米国では慰めようもない酷い状態です。でも、あなたも示唆しているように、あまりにも酷いことが次々と起こると、人々の感性と思考が鈍って事態に慣れてしまいます。米国で起きていることをどう見ていますか。また、私たちにはまったく見えないインドのことも話してください。

 

 ロイ:みなさんはトランプを嘲笑し彼が失墜するのを待つことに時間を費やしているようですね。一人の人間に憑りつかれていると、そんな人間を産み出したシステムが見えなくなります。オバマ政権8年間にトランプ誕生の種が蒔かれたことが見えなくなります。それに未来も見えなくなりますよ。トランプに憑りつかれていると、明日彼がいなくなったらどうするんですか? マイク・ペインが大統領になってよいのですか? 現在、ヨーロッパや米国を軸にして世界中で起きている大混乱は、非常に単純化して言いますと、ヨーロッパと米国が武器を製造して世界に販売するという経済が作り出しているのです。人間の想像力では追いつかないような種類の武器が製造され、世界で販売されているのです。 

経済を動かすためには、戦争か戦争に近い状態、少なくともどんな形にせよ今から戦争が始まるぞという状態が必要なのでしょう。9・11以降だけを見ても、幾つの国が潰されましたか? その結果、ヨーロッパは難民などの問題で大混乱しています。破壊から何が生まれるのでしょう。次から次へと国家を破壊したり無秩序に陥れて、一体何が生まれると思っているのでしょうか。

 

 インドは不安定化するのですか、それとも恐怖政治の形で安定化するのですか。

 ロイ:インドは難しいですね。今年は重要な年になるでしょう。

 何故?

 ロイ:5月に選挙があるからです[3]。1925年以来ヒンドゥー民族主義的状況がそれとなく続いていましたが、2014年にインド人民党のナレンドラ・モディが絶対多数の票を得て首相となって、ヒンドゥー至上主義・反イスラム主義的民族主義の目的が実現しました。ある意味で、彼が絶対多数で権力を得たことを喜んでいます。だって、みんなで選んだのだから、いろいろ起きている混乱を他者に責任転嫁できないからです。2年前、夜の10時にモディがテレビに登場して、翌日からインド通貨の80%が違法となると宣言しました。野球のバットで人民の背骨を砕くようなことをしたのです。こういうことがあるから、私は心配し、人々に警戒して事態をよく見よと言ってきたのです。

 廃貨(demonetization)のことですね[4]

 ロイ:そうです。インドの言語にはそんな語彙はありません。それが経済学的に何を意味するかはともかく、モディが突然それを実行したということは、「オレはあらゆる点でお前たちを支配している」というメッセージです。それにもう一つ法的に義務付けようとしている問題があります。アーダール・カードと言うもので、すべての国民の個人的情報や生体認証を一枚のカードに記録したIDです。ご承知のように、データベースがハッキングされ売買される危険があります。何しろ情報はカネなりの時代ですからね。それに、なにより権力による人民監視・支配の手段となり、いったん成立すると元へ戻せません。

 

 こういうことは隠すことはできません。新しいメディアがあるからです。フェイスブック、ツイッターだけじゃなく、インドではワッツアップ・メッセンジャーに人気があります。このメディアは暗号で保護され当局に情報が伝わらなかったので、一時はみんなが使っていました。しかし、今では、様々なワッツアップ・メッセージが誕生して、フェイク・ニュース、フェイク映像などを流して意図的に地域社会を混乱させています。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の争いを演出し、モディを救世主のように描いて、次期選挙に有利な雰囲気を作り出しているのです。パキスタンとの小競り合いも大げさに伝えます。インドもパキスタンも核保有国ですから、危険な綱渡りですね。憎悪を基礎にした政治は危険です。

 

 その点では現在の米国政治も同じです。他者への憎悪や恐怖が培養され解き放たれると、例え次の選挙でモディが勝てなかったとしても、それは人々の中に残るのではないですか。いや、ひょっとしたら、それが目的ではないのでしょうか。何故こんなことを言うかといえば、8歳の少女アシファ・バノ誘拐・レイプ・殺害事件を思い出したからです[5]。事件に関する報道はありますが、何故事件が起きたかの報道はありません。あなたはどうお考えですか。

 

 ロイ:レイプの形態は様々です。アシファちゃんへの性的暴力と殺害はもちろん、その犯人たちを支持し、釈放を求め、捜査中止ないしは捜査を地元多数派コミュニティの「信頼できる」役人に任せよと要求するのも、一種のレイプです。

 

 あの事件はそうでしたね。

 

 ロイ: そうでした。でも、ああいうことはあちらこちらで起きています。ヒンドゥー聖職者のような人物がレイプで逮捕されたとき、逮捕に抗議する大きなデモがありました。また、アサラム・ブプというヒンドゥー教聖職者もレイプで逮捕されました[6]。これらのレイプが起きた三つの州では、逮捕への抗議デモが荒れて、非常事態のような警戒態勢が敷かれました。つまり、一つの地域だけの問題じゃないのです。特定の地域でレイプが頻繁に起き、それを支える文化があるという問題ではないのです。何か儀式的な、まるで悪魔崇拝儀式がはびこっている感じすらします。レイプ・殺害だけじゃなく、何か得体の知れない恐ろしいものを感じます。何ででしょう。あなたも考えてみてください。アシファちゃん事件に限らず、インド全土で起こっているのです。アシファちゃんのような可愛い子が劣情に犠牲のなったという問題以上のものがあると思うことが、よくあるのです。性的欲情とか残酷性以上のものがあるのではないか、と思うのです。

 

 そうですか。それは何でしょうか。

 ロイ:分かりません。何しろ私たちが住んでいるところはまだ封建主義や様々な奇妙な考え方がはびこっている世界です。私には分からないし、他の誰にも分からないでしょう。いったい何故こんなひどいことが起きるようになったのか、みんな理解できないでいます。

 でもあなたは『至福省』を書いたのですから、あなたとしての解釈があるでしょう。

 

 ロイ:ええ。私なりの考えや悲しみはあります。だから一番虐げられた地にもまだ人間の美しさが残っていることを探しているのです。どれだけの力量と気力が残っているかを探しています。私は、最も暗く絶望的と思われている場所で過去20年間を過ごしてきました。それらの場所は暗くないし、絶望的でもありませんでした。抗議の声を上げる人々、闘う人々がいるのです。スローガンを連呼するような闘いのことを言っているのではありません。生活として闘っているのです。詩や音楽でしか理解できないような、深い、濃密な闘いです。生活の一つ一つに深い物語がある闘いです。私が本の中で描いた犠牲者は詩人となり、普通の人々が彼らの詩を朗唱し、愛し、墓に花を供えるのです。いくら暴力で脅されても、人々は彼らの詩人を忘れません。

 

 それであなたは創作活動に戻ったのですか。

 

 ロイ:私が創作活動(フィクション)に戻ったのは、私が堆積岩になったからです。何層に積み重なった堆積岩として、じっと物事を見るようになったからです。ノンフィクションでは、私は異議を唱え、闘い、自分や仲間を怒らせてきました。でも、とても複雑な要素 ― ユーモア、愛、型破り性、誌的な美しさ ― があり、それがどんどん堆積していったのです。ノンフィクションを10年間書いてきましたが、特定の階層のことだけを書く気はありませんでした。言葉、言葉の大海、思想、宗教、人間関係、混乱の大海を泳いでいただけでした。けれども、現実は多数決主義、ファシズムに近似した多数決主義に支配されているのです ― ヨーロッパ的ファシズムではなく、インド的ファシズムです。でもインドはマイノリティの国、国民がカースト別、宗教別、民族別に公式に分けられている国です。みなさんはインドを見て、古臭い国と思うでしょうが、インド社会は一つの格子の中で暮らしています。私の本は、どういう訳かその格子から外れた人々に関する本です。その格子外れの位置から格子に光を投げて社会を見ようという本です。

 

 私たちは希望を置く場所を間違えているのかしら。民主主義制度的選挙に希望を置くのは間違っているのでしょうか。

 

 ロイ:これまで私は選挙政党間には大した違いはないと思っていた人間の一人ですが、現時点では違います。選挙は闘いの一つです。2019年選挙で人民党が政権継続を勝ち取ると、私たちが人間として大切にするものがほとんど残らなくなると思います。選挙を含めどんなものでも、それを無視して放っておく余裕は、今の私たちにはありません。でも、もしみんなが、モディを選挙で負かし、トランプを弾劾できればものごとがよくなると考えているのならば、私たちは感染予防のために、毎晩ちょっと余分にヨウ素を体内に取り入れなければならないでしょうね。

 

 訳注

[1]ヒンドゥー・ナショナリズムの支配を批判する長編小説で、作者は同性愛者になったり、子どもになったり、墓場になったりして語る複雑な形式の作品と言われている。訳者はまだ読んでいない。「至福省」というのはオーウェル的ニュースピークであることは言うまでもないだろう。

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[2] 2008年9月6日、インド最高裁が「自然の摂理に反する性行為を罰する」刑法377を憲法違反と判断した。これによってBGMTが合法化された。又、女性(月経生理がない年齢の女性を除く)のヒンズー教寺院参拝を禁ずることも憲法違反としたが、2019年に入って女性が参拝しょうとしたとき、賛成派と反対派が衝突、死者が一人出た。戻る

 

[3] 例えば、モディ極右政権の労働法改悪に関して12か条の要求を掲げて2億人規模のゼネストが1月8~9日に行われた。これは2期目を狙うモディ政権に対する人民の闘いの前触れといえる。戻る

 

[4] 2016年インド政府は突然一部紙幣の使用を廃止、国の現金86%が一夜にして無効となり、国民生活が大混乱になった。表向きの理由は「追跡不能な現金取引を伴う汚職と違法取引を根絶する」ことだった。戻る

 

[5] インドが実効支配するカシミールで2018年1月にイスラム教徒少女が警官や宗教関係者を含む8人のヒンドゥー教徒に誘拐・レイプ・殺害された事件。地元政党やモディの人民党大臣までを含む集団が犯人擁護のデモや捜査妨害行った。もともとヒンドゥーとイスラムの人々の間の日常交流は穏やかのものであったが、2014年にモディのヒンドゥー至上主義人民党が政権を取ってから、ヒンドゥー過激集団による暴力行為が急増したと言われている。戻る

 

[6] 2015年の事件で、被害者側証人が9人も殺害された。他に16歳の娘をレイプされて告訴を行った父親が民衆によって撲殺された事件や、デリーでは15人の子どもをレイプ・殺害した事件、7歳の少女をレイプ・殺害した24歳の男が連続的レイプ・殺人魔であったことが判明した事件など、数多くある。中にはレイプを自慢して語る映像(語り手は覆面)や、レイプで逮捕された息子は「嵌められたのだ」と語る母親の映像などが流れている。メディアは凶悪犯や常習犯の個人的反抗という扱いで、背景には触れない。戻る